第10章 悪魔の死
関ヶ原の戦が終わったあと、
大谷刑部少輔吉継は、敗軍の将として山中に退いた。
秋の風が冷たかった。
その冷たさは、吉継の皮膚ではなく、
心の奥に染み込んでいくようだった。
(治部は捕らえられたか)
吉継は静かに目を閉じた。
治部の敗北は、吉継にとって悲劇ではなかった。
むしろ――
**「予定通り」** だった。
治部が勝っても負けても、
吉継の“悪”は露見しないように設計されていた。
だが、ひとつだけ誤算があった。
(私は……生き残ってしまった)
吉継は、自分が生きている限り、
いつか誰かが真実に辿り着く可能性を恐れた。
治部を利用したこと。
家康側へ密かに情報を流したこと。
治部の正義を狂気へ押し上げたこと。
そのすべてが、
**「吉継の死」** によってのみ完全に隠される。
吉継は、静かに刀を手に取った。
「……これでいい」
その声は、恐れも迷いもなかった。
ただ、冷たい確信だけがあった。
(治部よ。
お前は私を“善人”として信じている。
その信仰は、お前の死まで続くだろう)
吉継は微かに笑った。
(その方がいい。
お前が私を信じたまま死ねば、
私の悪は永遠に闇に沈む)
吉継は刀を構えた。
その瞬間、
彼の脳裏に、かつての治部の言葉がよぎった。
――刑部。
あなたは、私の正しさを理解してくれる唯一の人だ。
吉継は目を閉じた。
(治部。
お前は最後まで、私を“善”だと思っていた。
その誤解こそが、私の最大の武器だった)
吉継は刀を静かに振り下ろした。
血が地面に落ちる音は、
驚くほど静かだった。
「……これで、私の悪は消える」
吉継は倒れながら、
最後の力で呟いた。
「治部。
お前の正義は、美しかった。
だが――
私の悪もまた、美しい」
その言葉を最後に、
大谷刑部少輔吉継は息を引き取った。
翌日、吉継の死は
「三成を思っての殉死」
「友情のための自害」
と、美談として語られ始めた。
だが読者だけが知っている。
吉継の死は、
**友情ではなく、悪の完成のための最終手段だった。**




