誰も悪くない、という結論
朝。
フィリアの机の上には、三枚の報告書が並んでいた。
内容はどれも違う。
提出者も違う。
書かれた時刻も、部署も、目的も。
――なのに。
「……全部、辻褄が合ってる」
ミュネが首をかしげる。
「でもフィリアさま、どれも“問題なし”って書いてありますにゃ」
「うん。問題は“ない”」
フィリアは、言葉を選ぶように続けた。
「……でも、“同じ判断”が、同じ時期に、同じ方向で出すぎてる」
■善意の積み重ね
最初の報告書は、医療所。
「将来の不足を懸念し、余剰分を事前に回しました」
二枚目は、倉庫管理。
「教育用物資として、使われる可能性を考慮しました」
三枚目は、学校。
「子どもたちの混乱を避けるため、説明は簡略化しました」
どれも正しい。
どれも合理的。
どれも、“領地のため”。
じいじが、腕を組んだ。
「誰も間違っとらん」
「……うん」
「命令違反もない。規則違反もない。独断でもない」
「……うん」
「つまりじゃ」
じいじは、重く言った。
「“悪い奴”は、おらん」
■誰が決めたのか
フィリアは、ふと気づいた。
「……ねえ。これ、誰が最初に言い出したの?」
沈黙。
ミュネが、困ったように笑う。
「えっと……誰だったかにゃ……?」
医療所も、倉庫も、学校も。
全員が、こう言った。
「誰かが、そう言っていた気がする」
「前から、そういう流れでした」
「皆がそう思っていると思っていました」
“声”は、あった。
でも、記録はない。
発言者も、いない。
命令書も、存在しない。
「……噂?」
「……空気?」
「……善意?」
どれも、否定できない。
■結論が出てしまう
午後。
簡易会議は、あっさり終わった。
「問題は、ありません」
「改善点も、ありません」
「今後も、同様の判断で問題ないでしょう」
全会一致。
誰も反対しない。
反対する理由が、存在しない。
フィリアは、最後に口を開いた。
「……じゃあ、結論は」
皆が、彼女を見た。
「“誰も悪くない”」
誰もが、ほっとした顔をした。
それが、正しい答えだったから。
■フィリアだけが残る違和感
夜。
執務室に、一人。
フィリアは、机に伏せた。
(……誰も悪くない)
(だから、責任もない)
(だから、止める人もいない)
“善意”は、罰せられない。
“配慮”は、記録に残らない。
“空気”は、誰のものでもない。
「……これ」
小さく、呟く。
「壊すつもりがなくても、壊れるやつだ」
原種区画の方角を見る。
今日も、異常はない。
誰も、越えていない。
ルールも、守られている。
それなのに。
(線が……)
フィリアは、はっきり理解してしまった。
(“誰も悪くない”って結論は)
(いちばん、危ない)
■静かな確定
翌朝の記録簿には、こう書かれた。
本件について、問題なし。
今後も現行方針を維持する。
署名は、正規。
承認印も、正しい。
どこにも、間違いはない。
――だからこそ。
次に“何か”が起きた時、
誰もそれを
「悪意」とは呼べないことを、
フィリアだけが、知っていた。




