記録に残らない“声”
朝。
フィリアは、報告板の前で首を傾げていた。
「……増えてる?」
数字は、合っている。
収穫量。
在庫。
医療所の利用回数。
学校の出席率。
どれも、きれいに辻褄が合っている。
――なのに。
(人の動きが、合わない)
体感として、少し多い。
作業場の人数。
通路ですれ違う回数。
声の重なり。
「……じいじ」
「なんじゃ?」
「今日、人……増えてない?」
じいじは一瞬だけ考えた。
「いや。登録上は変わっとらん」
「登録、ね」
そこだった。
■数に現れない違和感
工房。
「この前教えてもらったやり方でやってます!」
「誰に?」
「え?」
「……誰に、教わったの?」
見習いは、きょとんとした。
「えっと……背の高い人で……声、低めで……」
「名前は?」
「……あれ?」
答えが、出てこない。
周囲に聞いても同じだった。
・確かに教わった
・確かに助言された
・でも、誰かは分からない
「……記録には?」
「ありません!」
帳簿は、真っ白だった。
■医療所の報告
「包帯の消費量が、合いません」
医療担当が言う。
「患者数は一致しています。
でも……“処置済み”が、帳簿にない例が三件」
「三件?」
「はい。怪我は確かに治っている。でも――」
治療者の名前が、書かれていない。
「……医療者以外が?」
「あり得ません」
フィリアは、黙った。
■学校での“声”
授業中。
「ここ、こうすると分かりやすい」
教室の後ろから、声がした。
教師が振り返る。
「……今、誰が?」
子どもたちは一斉に首を振った。
「でも、声したよね?」
「うん」
「優しかった」
「怒らなかった」
「……誰?」
沈黙。
黒板には、正しい補足説明だけが残っていた。
■フィリアの判断
執務室。
「越えていない」
フィリアは、そう結論づけた。
「線は、越えていない。
原種区画も、登録区域も、侵入なし」
「じゃが……」
「善意ですらない」
じいじが眉をひそめる。
「善意なら、名を残す。
評価を欲しがる。
見返りを求める」
フィリアは、静かに言った。
「これは――痕跡を残さない選択」
■夜の“声”
夜。
フィリアは一人、原種区画の外周を歩いた。
風が、草を揺らす。
その時。
「……守れているね」
はっきりとした声。
すぐ後ろ。
振り返っても、誰もいない。
足跡もない。
気配も、ない。
「……誰?」
返事は、なかった。
ただ――
安心するような、
それでいて背筋が冷える感覚だけが残った。
■記録に残らないもの
翌朝。
報告書は、いつも通りだった。
異常なし。
侵入なし。
問題なし。
帳簿は、完璧。
だからこそ。
フィリアは、最下段に小さく書き足した。
※確認不能の介入あり
※実害なし
※継続観測
名前は、書けなかった。
「……見ているだけ、か」
フィリアは、窓の外を見る。
平和は、続いている。
だが――
記録に残らない“声”だけが、確かに存在していた。
それが
味方なのか
観測者なのか
試している者なのか
まだ、分からない。
ただ一つ。
それは、もう
この領地を“知っている”存在だった。さ




