誰が“善意”で動いたのか
朝。
フィリアの机には、いつもより少しだけ多い報告書が積まれていた。
「……量は、普通」
ミュネが横から覗き込む。
「でも内容が、変ですにゃ」
「うん」
どれも些細だ。
大きな問題は、ひとつも書かれていない。
・倉庫の整理が“勝手に”進んでいる
・医療所の備品が“少しだけ”増えている
・学校で使われる教材が、誰かの判断で差し替えられている
「……どれも、良いことだね?」
「はいにゃ。でも」
ミュネは首を傾げた。
「誰が決めたか、書いてないですにゃ」
■小さな“親切”
フィリアは、まず医療所へ向かった。
「この包帯、増えてますよね?」
医師は、きょとんとした顔をした。
「ええ。誰かが『足りなくなる前に』って」
「誰かって?」
「……えっと」
しばらく考えてから、医師は言った。
「名前は聞いてません。でも『領地のためです』って」
(……それ、最近よく聞く言葉)
次は倉庫。
「棚、増えてるよね?」
管理役の青年が胸を張る。
「はい! 知り合いが手伝ってくれて!」
「知り合い?」
「ええ。『今は安定してるから、今のうちに』って」
(今のうちに、か)
学校でも、同じだった。
教材の変更は、先生の独断ではない。
「誰かが提案してくれました」
「誰?」
「……顔は覚えてるんですが、名前までは」
■重ならない“誰か”
執務室に戻ると、じいじが腕を組んでいた。
「聞いて回ったか」
「うん。みんな“善意”だった」
「じゃが」
じいじは、ゆっくり言葉を選ぶ。
「同じ人物ではない」
「……うん」
医療所、倉庫、学校。
現れた人物の特徴は、微妙に違う。
年齢も、立場も、服装も。
ただ――
「みんな、判断の方向が同じ」
「そうじゃ」
“今は安定している”
“今のうちに整えておくべき”
“領地のためになる”
(……誰かが、そう思わせてる?)
■善意は、止められない
フィリアは、机に手をついた。
「ねえ、じいじ」
「なんじゃ」
「これ、止めるべき?」
じいじは、すぐには答えなかった。
「止めれば、不満が出る」
「うん」
「許せば、管理外が増える」
「……うん」
どちらも、正しい。
そして厄介なのは――
誰も、悪意で動いていないことだ。
「善意はな」
じいじは、低く言った。
「ルールよりも、早く広がる」
フィリアは、静かに息を吐いた。
■フィリアの判断
「……じゃあ」
フィリアは、板に新しい札を書いた。
《判断を伴う改善は、必ず記録》
「罰は?」
「なし」
「制限は?」
「なし」
じいじが眉を上げる。
「記録だけ?」
「うん」
理由は、ひとつ。
(善意を、敵にしたくない)
フィリアは、札を掲示板に掛けさせた。
「誰がやったかを、責めない。でも“誰が決めたか”は、残す」
それだけでいい。
■その夜
原種区画は、今日も静かだった。
誰も越えていない。
誰も触れていない。
でも。
(線の“外”で、動いてる)
フィリアは、はっきりと感じていた。
誰かが、直接は手を出さず。
誰かに、動いてもらっている。
「……善意って、便利だな」
小さく呟いて、フィリアは目を閉じた。
善意は、刃にもなる。
だからこそ――
次に見るべきは、
誰が動いたかではない。
**誰が“動かしたか”**だ。
歯車は、まだ静かに回っている。
音を立てずに。
責められることもなく。
とても、正しい顔をして。
――その中心が、どこにあるのか。
それを探す段階に、
フィリアは、もう入っていた。




