日常、ちょっと賑やか
朝。
フィリアは、久しぶりに何も予定が書かれていない板を見つめていた。
「……今日は、会議なし」
「視察なし」
「報告も……緊急じゃない」
板をひっくり返しても、何も出てこない。
「……え、なにこれ」
フィリアは、ゆっくり椅子に座った。
「暇?」
人生で初めてかもしれない感覚だった。
■朝の異変(平和)
「フィリアさまー! 朝ごはんできてますよー!」
ミュネの声が、やけに元気だ。
食堂へ行くと、いつもより豪華な朝食が並んでいた。
「……なにこれ」
「最近みんな余裕が出てきたので、試作品が増えまして!」
「余裕が出ると、料理に反映されるんだ……」
青天麦のふわふわパン。
銀光豆のスープ。
砂糖少量使用の焼き菓子(※厳重管理)。
「平和だ……」
じいじが新聞代わりの報告書を読みながら言う。
「食事が落ち着くと、領地は安定しとる証拠じゃ」
「じゃあ、今すごく安定してる?」
「しとるな」
二人して、もぐもぐ。
■学校にて(なぜか尊敬されている)
「フィリアさまー!」
学校を通りかかっただけなのに、子どもたちに囲まれた。
「これ見て!」
「字、書けるようになった!」
「計算、できたよ!」
「……すごいね?」
本当に、すごい。
(え、私なにもしてないよね?)
先生(例の癖のある三人のうち一人)が、満足そうに頷く。
「環境が整えば、子どもは勝手に育ちます」
「……名言?」
「ええ、現場の」
フィリアは、ちょっと照れた。
■木工場の事故(軽傷)
「フィリアさまだっけ!」
「そうよ!」
木工場では、見習いが軽く指をぶつけていた。
「血、出てない!」
「医療所行こう!」
数分後。
「冷やして終わりです!」
「はい、次!」
医療所の回転が良すぎる。
「……医療があると、こんなに軽く済むんだ」
「はい!」
(……良い意味で、怖いくらい)
■じいじのぼやき(平和すぎる)
午後。
執務室で、フィリアは完全にやることを失っていた。
「……じいじ」
「なんじゃ」
「私、今日、なにすればいい?」
しばらく考えてから言った。
「……散歩?」
「領主が?」
「三歳児が領地運営しとる時点で、今さらじゃろ」
「それもそうか」
二人して、笑った。
■夕方のお茶会(完全に気が抜ける)
「ミュネ〜!」
「はいにゃー!」
「お茶とケーキ!」
「了解ですにゃー!」
テラスでお茶を飲みながら、フィリアは足をぷらぷらさせた。
「……今日、何も起きなかったね」
「そうですにゃー」
「平和だね」
「平和ですにゃー」
夕焼けが綺麗だった。
■だからこそ
夜。
フィリアは、ふと立ち止まった。
(……静かすぎる)
昨日まで感じていた“気配”が、今日はない。
それが――
「消えた」のか
「溶けた」のか
「慣れた」のか
分からない。
「……でも」
フィリアは、無意識に原種区画の方角を見た。
そこは、今日も何事もなく、静かだった。
守られている。
壊れていない。
誰も、越えていない。
「……うん」
フィリアは、小さく頷いた。
「今日は、平和を楽しもう」
楽しめる時に、楽しむ。
それも、守る側の仕事だから。
――この日、領地は本当に何も起きなかった。
だからこそ。
次に起きる“何か”が、どれだけ際立つかを、誰もまだ知らなかった。




