今日は平和です(当社比?)
朝。
フィリアは執務室の椅子に座り、書類を一枚も手に取らず、ぼんやりと天井を見ていた。
「……」
ガルドが横目で様子をうかがう。
「……フィリア?」
「……うん?」
「書類は?」
「今日は……見ない」
「は?」
フィリアは、ゆっくりと首を振った。
「インフラ第二段、終わった。教育、医療、保管、全部“回り始めた”」
「……確かに」
「ルールも、守られてる。外部も、静か。内部も、落ち着いてる」
フィリアは、小さく息を吸い――
「……今日は、完全に何もしない日」
ガルドは固まった。
「……何も?」
「何も」
「本当に?」
「ほんとう」
数秒の沈黙。
ガルドは、深く息を吐いた。
「……では、私も今日は“執事業務を最低限”に」
「最低限でいいよ!」
その瞬間――
扉が、勢いよく開いた。
「フィリアさまーーーっ!!」
ミュネだった。
「なに!?」
「今日は平和ですにゃ!!!」
「それを報告しに来たの!?」
「はい!!!」
フィリアは、机に突っ伏した。
「……ああ、平和だ……」
■ 平和すぎる領地
午前。
領内巡回。
……何も起きない。
「薪、足りてます!」
「はい!」
「水路、問題ありません!」
「はい!」
「学校、今日も通常通り!」
「はい!」
フィリアは、だんだん不安になってきた。
「……逆に怖くない?」
「怖いですにゃ!」
ミュネが即答した。
「だよね!?」
「何か起きる前触れかにゃ!」
「やめて!」
ガルドが咳払いをする。
「落ち着きなさい。平和とは、こういうものです」
「でもいつもこの後……」
「フラグを立てるな」
■ 何も起きない午後
昼。
フィリアは中庭のベンチに座っていた。
お茶。
焼き菓子。
日向。
「……」
「……」
「……」
ミュネが小声で言う。
「……退屈ですかにゃ?」
「うん」
「事件、起きないですにゃ?」
「うん」
二人は同時に、ため息をついた。
そのとき――
遠くで、ドン! という音。
フィリアが即座に立ち上がる。
「なに!? 何が起きた!?」
走ってきた文官。
「だ、大変です!」
「ほら来た!」
「……パンを落としました!」
「パン!?」
「焼き立ての!」
「……」
フィリアは、無言で座り直した。
「……拾って食べなさい」
「は、はい……」
■ 領主、昼寝をする
午後。
「……今日は、本当に何もしない」
そう宣言したフィリアは――
昼寝した。
ガルドが書類を処理し、ミュネが毛布をかけ、封緘使がそっと扉を閉めた。
(……三歳児が、国の要地を回してた方がおかしいんだよね)
フィリアは、夢の中でそう思った。
■ 夕方の異変
夕方。
フィリアが目を覚ますと――
「……なんか、静かすぎない?」
廊下が、妙に静かだった。
恐る恐る扉を開けると――
文官たちが、正座でお茶を飲んでいた。
「……なにしてるの?」
「い、いえ……」
「今日は、平和だなと……」
「……」
ガルドが、苦笑する。
「皆、少し疲れていたのだ」
フィリアは、ふっと笑った。
「……じゃあ、今日はそれでいいね」
■ フィリアの独り言
夜。
灯りの増えた領地を見下ろしながら、フィリアは思う。
(……平和って、退屈)
(でも)
(壊れないって、すごいこと)
今日は何も起きなかった。
誰も怒鳴らなかった。
誰も泣かなかった。
それだけで――
十分、いい一日だった。
「……また、明日から頑張ろ」
そう呟いて、フィリアは欠伸をした。




