優秀だけど、どこかおかしい
朝。
執務室の扉が、勢いよく開いた。
「フィリア様! 大変です!!」
飛び込んできた文官の顔は、青いような、赤いような、なんとも言えない色をしている。
「どうしたの? 火事? 病人?」
「い、いえ……どちらでもないんですが……」
フィリアは椅子の上で足をぶらぶらさせながら首を傾げた。
「じゃあなに?」
文官は一瞬言葉に詰まり、それから覚悟を決めたように言った。
「医療棟の……新任補助員がですね……」
「うん」
「患者に“治療前に自己紹介を強要している”との苦情が……」
「……は?」
一拍。
フィリアは、きょとんとした。
「えっと……なにそれ」
■医療棟にて
問題の人物は、すぐに見つかった。
白衣を着た青年。
姿勢は良く、目は真剣。
だが――
「ではまず、お名前と出身地、人生の転機を簡潔にお願いします」
「えっ……今、血止めしてほしいんですが……」
「大事なことです!」
「いや血が……」
フィリアは、そっと後ずさった。
(なにこの人)
隣でガルドが額を押さえている。
「……じいじ、これ誰?」
「……王都医療院で“理論は完璧だが現場に向いていない”として追い出された逸材じゃ」
「追い出されたんだ」
「本人は“独立を勧められた”と思っとる」
青年は気づくと、きらきらした目でフィリアを見た。
「おお! あなたが噂のフィリア様ですね!」
「う、うん」
「素晴らしい領地です! 医療体制も合理的! 患者の回転率も高い! だからこそ私は――」
「だからこそ?」
「患者の“精神的納得度”を高めようと!」
フィリアは、静かに聞いた。
「……それで、自己紹介?」
「はい! 人は自分を語ることで治癒力が――」
「ストップ」
フィリアは小さな手をぴしっと上げた。
「まず血を止めて」
青年は、はっとした。
「……あ」
「順番逆」
「……なるほど」
納得した顔で、彼は血止めに戻った。
(理解は早いのに、なんでこうなるの……)
■別件も発生
その日の午後。
今度は保管庫から声がかかる。
「フィリア様……」
今度の文官は、笑っているようで、引きつっている。
「今度はなに?」
「保管担当がですね……」
嫌な予感がした。
「在庫を“美しさ順”に並べ替え始めました」
「……美しさ?」
案の定、保管庫は大変なことになっていた。
「見てくださいこの並び! 穀物の色合いが完璧です!」
「……賞味期限は?」
「え?」
「賞味期限」
「……あ」
フィリアは天を仰いだ。
(どうして優秀な人ほど、変な方向に突き抜けるの)
ガルドがぼそっと言う。
「……才能は、尖るもの。。」
「尖りすぎ」
■夕方の反省会
執務室。
フィリアは机に突っ伏した。
「……今日は、疲れた」
「お疲れ様です、フィリア様」
ミュネがそっとお茶を置く。
「優秀な人材、増えたよね」
「増えましたにゃ」
「でも、変なのも増えた」
「増えましたにゃ」
即答だった。
フィリアは顔を上げる。
「……でもさ」
「にゃ?」
「ちゃんと話せば、みんな“直る”んだよね」
今日会った人たちは、注意すると素直に直した。
知識も技術も、本物だった。
「なら、大丈夫ですにゃ」
ミュネはにこっと笑う。
「フィリア様の領地は、“変でも使える”場所ですにゃ」
「それ褒めてる?」
「最大級に」
フィリアは、くすっと笑った。
「……じゃあ、明日もがんばろっか」
こうしてフィリア領は今日も、
・優秀だけどズレた人材を拾い
・修正し
・なんとか回していく
という、いつも通りの日常を積み重ねていくのだった。
なお翌日。
例の医療補助員は、
「治療後に自己紹介」
という妥協案に落ち着いた。
それでも少し長いが、
もう誰も文句は言わなかった。
――フィリア領では、それくらいが“普通”なのである。




