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名家の末娘に転生したので、家族と猫メイドに愛されながら領内を豊かにします!  作者:


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医療が救った「失われるはずだった人材」

朝。


執務室にて、フィリアは小さな湯飲みを両手で持ちながら、ふぅ……と息を吐いていた。


「……最近、平和だね」


「嵐の前でないことを祈りたいですにゃ」


そう答えたのは、給仕役のミュネだった。

今日も今日とて、尻尾を揺らしながら書類の山を避けて歩いている。


「教育区画も回り始めたし、医療所も落ち着いてきたし……」


「保管庫も整理が進んでますにゃ。食料も薬草も、だいぶ余裕が出ました」


「……うん。いい感じ」


フィリアは満足そうに頷いた。


――その、数分後。


「フィリア様ーーーっ!!」


扉が勢いよく開いた。


飛び込んできたのは、木工場担当の文官だった。

顔色は真っ青、息は切れ切れ。


「ど、どうしたの!?」


「た、大変です! “倒れました”!!」


「誰が!?」


「グロスが!!」


「……誰?」


一瞬、間が空いた。


文官は叫ぶ。


「ええと! あの! いつも木工場の端っこで! 黙々と削ってる! 無口で! でも精度が異常に高い!」


「あー! あの人!」


フィリアは思い出した。


・無口

・笑わない

・でも作る部品は寸分の狂いもない

・皆が「変人だけど腕は本物」と言っている人材


「で、どうしたの?」


「作業中に倒れて、そのまま動かなくて……!」


「えっ!?」


一瞬、場の空気が凍る。


「……医療所に?」


「はい! 担ぎ込みました!」


フィリアは即座に立ち上がった。


「行こう!」


「フィリア様!?」


「行く!」


「にゃ!? お茶がまだ半分……!」


「あとで!」


■医療所にて


医療所は、以前よりもずっと整っていた。


蒼霧草を使った解熱薬。

簡易的な消毒。

寝台も、最低限だが清潔。


そして――


「……ふぅ」


医師役を務める女性が、額の汗を拭った。


「大丈夫です。命に別状はありません」


「よかったぁ……!」


フィリアは、その場でへなっと座り込んだ。


「原因は?」


「栄養失調と、慢性的な疲労です」


「……え?」


「食べてはいたようですが、“最低限”ですね」


医師は苦笑した。


「削り作業に集中すると、食事を忘れるタイプのようで」


「職人あるあるですな」


後ろで、ガルドがしみじみ頷いた。


「で、あと一押しが……これ」


医師は、薬包を示した。


「蒼霧草の軽い調合薬。これがなければ、熱が下がらず……正直、危なかった」


空気が、静かになる。


フィリアは、寝台に横たわる男を見た。


グロスは、まだ意識が戻っていない。


「……この人、もし医療所がなかったら?」


医師は、少しだけ言葉を選んで答えた。


「……“腕のいい職人が、いつの間にかいなくなる”案件でしたね」


ぞくり、とした。


■目を覚ます職人


数時間後。


「……ん」


小さな声。


グロスが、ゆっくり目を開けた。


「……ここは……」


「医療所だよ」


フィリアが覗き込む。


「……あ?」


目が合った瞬間。


「……あっ」


グロスは、明らかに慌てた。


「……す、すみません。仕事中に……」


「仕事より命!」


即ツッコミ。


「……は?」


「命が先! 倒れたら仕事できないでしょ!」


「……それは……」


「それに!」


フィリアは、少し怒ったように言った。


「ちゃんと食べてないでしょ!」


「……えっと……」


視線が逸れた。


「……食事、味が分からなくて……」


場が、しん……とする。


ミュネが、小さく首を傾げた。


「……それ、結構危険ですにゃ」


「……昔から、そうで」


グロスは、ぼそりと言った。


「削ってると……それだけで、よくて」


フィリアは、少し考えてから言った。


「じゃあさ」


「?」


「医療所で、定期的に診る」


「……は?」


「食事も、栄養管理する」


「……え?」


「仕事の合間に、休憩も強制!」


「……ええ!?」


「異議は認めません!」


びしっ。


グロスは、ぽかんとしていた。


■守られたもの


その後。


グロスは回復し、再び木工場に戻った。


ただし。


「……休憩です」


「……まだ……」


「休憩です」


医療所の札を持った見回り役が、にっこり。


「……はい」


職人たちの間で、囁きが広がる。


「医療所、助かったな」


「あれなきゃ、グロス死んでたかもって」


「……領主様、ちゃんと人を見てるよな」


フィリアは、それを少し離れた場所で聞いていた。


(……人材、か)


失われるはずだった人。


気づかなければ、ただの「事故」だったかもしれない。


でも――


医療があったから、救えた。


「……作ってよかった」


ぽつりと呟く。


ミュネが、横で笑った。


「フィリア様、顔がちょっと誇らしげですにゃ」


「そ、そんなことない!」


「ありますにゃ」


くすくす。


領地は、静かに強くなっていく。


目立たない場所で。

でも確実に。


そしてフィリアは、知らず知らずのうちに理解し始めていた。


“医療とは、未来を守る投資なのだ”と。

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