インフラ第二段(教育・医療・保管)
原種管理地としての体制が整い、外からの圧も一段落した頃。
フィリアは久しぶりに、帳簿の山ではなく「領内全体図」を前にしていた。
「……お金、余り始めてる」
ぽつり、と零れた言葉に、執事ガルドが静かに頷く。
「はい。砂糖、青天麦、銀光豆。
どれも安定供給に入り、貯蓄に回せる余力が出ております」
「やっと、だね」
守るためのルール。
試され、耐え、折れずに積み上げてきた結果。
ようやく、“次”を考えられる段階に来た。
■第二段の目的
フィリアは指を三本立てた。
「教育、医療、保管」
「……どれも地味ですが、重要ですな」
「地味だから、後回しにされがち。でも――」
フィリアは領内図の村々を見渡す。
「これが無いと、積み上げたものが崩れる」
ガルドは、何も言わずに肯いた。
■教育:残すための仕組み
まず手を入れたのは、教育だった。
既存の簡易学校を、三段階に分ける。
・読み書き計算の基礎
・農業・管理・加工の実務
・記録と継承のための上級課程
「特別な天才を育てたいわけじゃない」
フィリアは、教師たちにそう伝えた。
「“できる人がいなくなったら終わる”状態をなくしたい」
原種管理、加工手順、保管規則。
すべてを「誰かの頭」ではなく、「文字」に残す。
それは派手ではないが、確実に領を強くする一歩だった。
■医療:働ける体を守る
次に手を入れたのは、医療。
蒼霧草を中心とした薬草の安定供給。
簡易診療所の増設。
怪我と病気の“初期対応”を標準化。
「大病院はいらない」
フィリアは首を振る。
「まずは、倒れないこと。長引かせないこと」
労働力を“消耗品”として扱わない。
その方針は、領民に静かな安心をもたらした。
「ここなら、無理をしても見捨てられない」
その意識が、結果として生産を安定させていく。
■保管:失わないための土台
最後が、保管。
穀物庫、薬草庫、種子庫。
特に重視されたのは、原種保管庫だった。
「増やすより、失わない」
「盗まれるより、腐らせない」
湿度、温度、管理者の交代記録。
すべてが“地味で面倒な規則”として整えられていく。
だが――
それこそが、原種管理地の心臓部だった。
■領内の空気
変化は、静かだった。
誰かが劇的に豊かになったわけではない。
だが、焦りが減った。
「学べば、次がある」
「怪我しても、すぐ終わらない」
「収穫は、ちゃんと守られる」
それらが積み重なり、
領内に“落ち着き”が生まれていく。
■フィリアの自覚
夕方、フィリアは一人で窓辺に立っていた。
(……作る段階、終わったんだ)
今は、回し続ける段階。
派手な成果は出にくい。
だが、止めれば確実に衰える。
「……地味だね」
そう呟いてから、少し笑う。
「でも、好き」
守る。
続ける。
残す。
二歳、三歳の頃に背負わされた責任は、
いつの間にか――自分の選んだ仕事になっていた。
原種管理地フィリア領は、
静かに、しかし確実に――
“長く続く土地”へと姿を変え始めていた。




