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回り始めた歯車・インフラへ

朝の執務室は、久しぶりに静かだった。

「……うん」

フィリアは机の上に広げた報告書を一枚ずつ確認し、小さく頷いた。

研究官の一件が落ち着き、外部からの視線は“警戒”から“観察”へと変わった。

内部もまた、慌ただしさが少しずつ薄れ、日々の仕事が“回る”感覚を取り戻しつつある。

「対外的にも、対内的にも……ようやく一息、かな」

そう呟くと、横で控えていたガルドが鼻で笑った。

「“一息”の基準が、普通の領主と違う気がするが」

「仕方ないでしょ。色々あったんだもん」

原種管理地の指定。

外部からの圧力と視察。

内部ルールの整備と、防衛体制。

それらを一つずつ乗り越えた結果――

ようやく“次”を考える余地が生まれた。

■収支報告

文官が一歩前に出て、控えめに咳払いをする。

「フィリア様。最新の収支見込みですが……」

差し出された紙に目を落とすと、フィリアの眉がわずかに上がった。

「……増えてるね」

「はい。砂糖の安定出荷、木工製品、透明樹液板の試験販売。加えて、原種管理地としての補助金も入り始めています」

爆発的ではない。

だが、確実に、継続的に。

「“入ってくるお金が読める”って、すごく大事なのね」

ガルドが頷く。

「だからこそ、次に進める」

フィリアは椅子に深く座り直し、指を組んだ。

「……じゃあ、そろそろいいかな」

「何を、ですかな？」

「インフラ整備」

その言葉に、文官たちの背筋が伸びる。

■インフラへ

「今までは、とにかく“回す”ことを優先してきた」

・住む場所

・食べるもの

・働く場所

・守る仕組み

最低限を整えることで精一杯だった。

「でもね」

フィリアは、地図の上に指を置く。

「これからは、“楽に回る”ようにしたい」

最初に挙げたのは――道。

「村と村を結ぶ道。今は土のままで、雨が降るとぐちゃぐちゃでしょ」

「はい。輸送効率も落ちています」

「石畳までは無理でも、排水を考えた整備を少しずつ」

次に――水。

「井戸と水路。今は増えた人口に対して、ぎりぎり」

「確かに、夏場が心配ですな」

「順番に拡張。全部一気にやらない」

フィリアは、はっきりと言った。

「無理をすると、また歪みが出るから」

■“少しずつ”の決断

ガルドが静かに口を開く。

「一気にやれば、見栄えは良くなるが」

「うん。でも、人も予算も限られてる」

だからこそ――

「優先順位をつける」

・生活に直結するものから

・維持できる規模で

・領内の人材を使って

「“できることを、できる範囲で”」

それは、派手さはない。

だが、崩れにくい。

文官の一人が、感心したように呟く。

「……以前なら、“もっと大きな計画”を立てていたと思います」

フィリアは少し笑った。

「そうかも。でも今はね」

自分一人で引っ張る領地ではない。

任せ、回り、積み重ねる段階に入った。

■歯車が噛み合う感覚

執務室を出て、フィリアは領内を歩いた。

整備途中の道。

作業を分担する人々。

子どもたちの声。

「……ちゃんと、回ってる」

誰かが欠けても、すぐに止まらない。

誰かが増えれば、無理なく組み込める。

それは、歯車が噛み合い始めた証だった。

ガルドが隣で言う。

「ここまで来れば、もう“一時の奇跡”ではないな」

「うん。“続く形”になった」

フィリアは、空を見上げた。

「じゃあ、ここからは……基礎固めだね」

インフラ。

教育。

管理。

地味で、目立たない仕事。

でも――

領地が百年続くかどうかは、そこにかかっている。

「よし」

小さく拳を握る。

「回り始めた歯車は、止めないよ」

フィリア領は、ようやく“育てる段階”へと入った。

静かに。

確実に。

次の未来へ向かって。