領内での小さな変化
王都研究官たちが帰ってから、数日。
領地は――驚くほど、静かだった。
騒ぎが去ったあとの静寂、というよりも。
“やるべきことが分かっている場所”の落ち着きに近い。
■朝の風景が変わる
フィリアが執務室の窓から外を眺めていると、朝靄の向こうで人が動いているのが見えた。
・交代制で巡回する原種区画の警備
・掲示板の前で立ち止まり、布告を読み直す村人
・学校へ向かう子どもたちの列
以前より、動きに迷いがない。
「……前は、もっとざわざわしてたよね」
呟くと、隣にいたガルドが小さく頷いた。
「“どうしていいか分からん”状態が減ったのだろうな」
■守る意識が、広がっている
原種区画の近くでは、村人同士の小さなやり取りがあった。
「そっちは立ち入り登録してるか?」
「ああ、今日は青天麦の管理当番だ」
「気をつけろよ。最近、子どもが近づきたがる」
「分かってる。柵の外から説明だけする」
誰かに命令されたわけではない。
だが、“守る前提”が共有されている。
フィリアは、その様子を少し離れた場所から見ていた。
(……ルールが、言葉じゃなくて行動になってる)
それは、管理者として一番嬉しい変化だった。
■小さな工夫
別の村では、倉庫の前に小さな札が増えていた。
【青天麦・種子】
【銀光豆・乾燥済】
【持ち出し禁止/管理番号あり】
字は上手とは言えない。
けれど、丁寧に書かれている。
「誰がやったの?」
そう聞くと、倉庫番の老人が照れたように答えた。
「研究官が来た時にの、管理札が分かりやすかったから真似してみた」
「勝手にやっていいの?」
「いいんじゃろ? 守るためなら」
フィリアは、思わず笑った。
「……うん。すごくいい」
■学校での変化
学校では、少し不思議な光景があった。
子どもたちが、植物の絵を描いている。
「これ、青天麦!」
「倒れにくいんだよ!」
「銀光豆はね、乾かすと長くもつの!」
教えているのは教師だけではない。
畑仕事を終えた大人が、合間に口を出している。
「それはな、触りすぎると弱るからな」
「見るだけ、な」
“知識を共有する”空気が、自然に育ち始めていた。
■フィリアの実感
夕方。
フィリアは、少し疲れた顔で椅子に座りながら、書類に目を通していた。
大きな問題はない。
緊急対応もない。
「……何も起きてない」
ぽつりと呟く。
ガルドが、少しだけ笑った。
「それは、良いことだ」
「うん……分かってる」
でも、どこか不思議な気分だった。
(前は、“次は何が来る?”ってずっと構えてたのに)
今は――
(“ちゃんと回ってるか”を見る感じ)
守る、という立場が、
少しずつ“日常”になってきている。
■小さな自覚
夜。
フィリアは原種区画の灯りを遠くから眺めていた。
誰かが見張りに立っている。
誰かが記録をつけている。
誰かが、次の日の準備をしている。
(……私が全部やらなくても)
(もう、動いてるんだ)
その事実に、胸の奥が少しだけ温かくなる。
「……変わったなぁ」
「領地が?」
「うん。私も」
ガルドは、静かに答えた。
「成長とは、こういう事だ」
■静かな前進
この日、特別な事件は起きなかった。
だが――
領地は、確実に一段階進んでいた。
派手ではない。
目立たない。
けれど、確かな変化。
それは、
“守る仕組み”が、人の中に根を張り始めた証だった。
フィリアは、深く息を吸い、吐いた。
「……よし」
次に何が来ても。
この領地なら、きっと耐えられる。
そんな予感を胸に――
静かな夜が、穏やかに更けていった。




