研究官たちの内部報告
王都へ戻る馬車の中は、静かだった。
揺れる車内で、三人の研究官はそれぞれ資料を手にしている。
だが、誰もすぐには口を開かなかった。
最初に沈黙を破ったのは、補佐官のユースだった。
「……正直、想像していた“地方の原種管理地”とは、まるで違いました」
その声には、興奮と戸惑いが混じっていた。
「研究設備は簡素です。でも、管理の密度が異常です。区画ごとの記録、出入りの履歴、種子の世代管理……王都の研究所より、よほど“現場として完成”しています」
エレナは腕を組み、視線を落としたまま答える。
「……悔しいけど、同感よ」
一瞬、歯切れが悪くなり、それから続けた。
「研究者が主役じゃない。管理者が主役で、研究は“その中の一工程”に押し込められている。でも……それが、原種を守るには正しい」
ハロルドは黙ったまま、窓の外を見ていた。
しばらくして、静かに口を開く。
「我々は、“価値ある素材をどう活かすか”ばかりを考えてきた」
「……はい」
「だが、あの地では違う。“壊さないために、何をしないか”を先に決めている」
ハロルドは、フィリアの姿を思い出していた。
三歳。
管理責任者。
王命を盾にせず、ルールを淡々と通す姿。
「……管理者が、あれほど“線引き”を恐れていない現場は、初めてだ」
エレナが苦く笑う。
「王都じゃ、線を引けば必ず反発が出る。だから、曖昧にする。でも、あそこは違った」
「内部が納得している」
ユースが即座に頷いた。
「ええ。領民が“守る理由”を理解しています。だから、外部にも同じ態度を取れる」
ハロルドは資料を閉じた。
「……報告書は、慎重に書く必要があるな」
二人が顔を上げる。
「正直に書けば、どうなります?」
「“管理地として優秀すぎる”。そして――」
ハロルドは、言葉を選ぶように続けた。
「“王都の管理体制が、見劣りする”」
馬車の中に、重い沈黙が落ちた。
■王都・学術院
数日後。
王都学術院の会議室では、研究官たちの報告書が回覧されていた。
分厚い紙束。
だが、内容は簡潔で、冷静だった。
・青天麦、銀光豆、蒼霧草の原種管理状態は極めて良好
・交雑・流出リスクは低い
・管理規則は厳格だが、運用が安定している
・研究より管理を優先する体制が確立されている
最後の一文に、何人かの研究者が眉をひそめる。
「……研究より、管理?」
「それで、学術的な進展は?」
その問いに対する答えは、報告書の中ほどにあった。
――現場観察に基づく実証データは豊富。
――研究速度は速くはないが、失敗が少ない。
――長期的価値を重視した運用。
「……つまり、堅実すぎる」
誰かが呟いた。
「面白みに欠ける、ということだな」
別の声が続く。
だが、宰相補佐として同席していた官僚が、低く言った。
「“失敗しない”という点では、国家向きだ」
空気が変わる。
「原種管理地は、研究成果を競う場ではない。国家の基盤だ。派手さは不要だろう」
その言葉に、誰も反論しなかった。
■温度差
会議後、廊下でエレナがユースに声をかける。
「……どう思う?」
「正直ですか?」
「ええ」
ユースは少し考えてから答えた。
「王都は、まだあの領地を“地方”として見ています。でも、現場はもう……」
「……王都より先に行ってる?」
「少なくとも、“守り方”は」
エレナは、ふっと息を吐いた。
「認めたくないけどね」
■ハロルドの追記
正式報告書とは別に、ハロルドは個人的な追記を残していた。
――原種管理地フィリア領は、
――“研究成果を生む場所”ではなく、
――“成果が壊れない仕組みを維持する場所”である。
――管理責任者フィリアは、年齢に反し、
――線引きと継続を重視する稀有な判断基準を持つ。
――干渉は慎重に行うべきであり、
――現場の裁量を尊重することが、結果的に国家利益となる。
それを読み終えた学術院長は、長く黙り込んだ。
「……厄介な領地だな」
そう呟いてから、わずかに笑う。
「だが、失ってはならない」
■領地では
同じ頃。
フィリアは、いつものように区画を巡回していた。
「……なんか、静かだね」
「嵐の前かもしれんぞ」
ガルドが苦笑する。
フィリアは肩をすくめた。
「来るなら来るでいいよ」
「ほう?」
「ルールは変えないし、守るのも変わらないから」
その小さな背中を見て、ガルドは思う。
(王都が何を考えようと……)
(この子は、もう揺れん)
研究官たちの報告は、確かに王都を動かした。
だが同時に――
“簡単には介入できない土地”として、フィリア領を印象づけることにもなった。
原種管理地は、守られている。
静かに。
しかし、確実に。




