王都研究官、現地入り
――衝突と尊重
王都からの正式な通知が届いたのは、朝の作業が一段落した頃だった。
「……来る、か」
フィリアは封緘使から受け取った文書を見下ろし、小さく息を吐いた。
王都学術院より
原種管理地領へ
正規研究官三名、派遣決定
ついに、だ。
研究官候補」の動き。
明らかになった王都内部の温度差。
台頭した、領地生え抜き研究者たち。
それらすべてが、この瞬間へと収束していた。
「……じいじ」
「分かっとる。逃げ場はないのぅ」
ガルドは苦笑しつつ、だが視線は真剣だった。
「向こうは“王都の常識”を持ってくる。こちらは“守るために作った現場の常識”を持っている」
「ぶつかるよね」
「ぶつかるな」
二人は同時に言って、同時に黙った。
■到着
研究官一行が到着したのは、三日後。
馬車は一台。護衛も最小限。
だが、降りてきた三人の雰囲気は、はっきりと違っていた。
・年配の男――白髪、眼鏡、落ち着いた佇まい
・中年の女性――鋭い目つき、資料束を抱えている
・若い男性――周囲を観察するような視線
「王都学術院所属、主任研究官のハロルドだ」
年配の男が名乗る。
「こちらは副官のエレナ、そして補佐のユース」
形式張った挨拶。
フィリアは一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「フィリアです。原種管理地の管理責任者をしています」
一瞬、空気が止まった。
三歳児が、管理責任者。
その事実を、何度見ても人は戸惑う。
エレナが一拍遅れて口を開いた。
「……聞いてはいましたが」
「はい。私です」
フィリアはにこりと笑った。
■最初の衝突
問題は、視察開始からすぐに起きた。
「この区画、もっと近くで見せてほしい」
エレナが、原種区画の柵に手を伸ばす。
「登録証は?」
即座に封緘使が制止した。
「王都研究官だぞ?」
「はい。外部者です」
ぴしり、と空気が張り詰める。
「……王命に基づく研究だ」
「王命に基づく管理も、同時に存在します」
封緘使の声は淡々としていた。
エレナの眉が跳ね上がる。
「研究の妨げだと言われたらどうするつもり?」
フィリアが、静かに口を挟んだ。
「妨げてません。“手順”を守ってもらっているだけです」
「手順?」
「登録、立ち入り範囲の確認、目的の明示。
それが守れないなら、研究はできません」
若い補佐のユースが、驚いたように呟く。
「……王都でも、ここまで厳密じゃ……」
「だから、ここは原種管理地なんです」
フィリアは、少しだけ声を低くした。
「壊れたら、戻らないから」
■尊重の芽
緊張した空気を、ハロルドがゆっくりと解いた。
「……なるほど」
彼は柵の前で立ち止まり、周囲を見渡す。
整備された区画。
明確な区分。
記録札と、管理表。
「……これは、研究者のための現場ではないな」
「はい」
「守るための現場だ」
フィリアは頷いた。
「研究は、その次です」
ハロルドは小さく笑った。
「王都では、逆だ」
その言葉に、エレナが僅かに目を伏せる。
「……だが、理にかなっている」
ハロルドは、深く頭を下げた。
「失礼した。こちらが学ぶべき部分も多い」
その瞬間、空気が変わった。
衝突は、終わったわけではない。
だが――尊重の芽が、確かに生まれた。
■内部人材との出会い
その後、王都研究官たちは、領地生え抜き研究者と引き合わされた。
「こちらが、青天麦の管理を担当している者です」
「銀光豆の保存実験は、彼女が」
説明を受けるたび、ユースの目が輝いていく。
「……これ、王都の研究所より進んでる部分があります」
「現場だからね」
そう答えたのは、領地の若い研究者だった。
「机上じゃ分からないことが多い」
エレナは、黙ってそのやり取りを見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「……正直に言うわ」
「?」
「“地方の現場”を甘く見ていた」
その言葉に、誰も笑わなかった。
ただ、フィリアが言った。
「それでいいです。ここは、見て学ぶ場所なので」
■フィリアの立ち位置
視察の終わり。
ハロルドはフィリアに向き直った。
「……君は、研究者ではない」
「はい」
「だが、管理者としては一流だ」
フィリアは少し困った顔で答えた。
「そんなつもりは……」
「意識していなくても、やっている。それが一番厄介で、そして強い」
ハロルドは静かに続けた。
「王都は、まだこの領地を測りきれていない」
フィリアは、小さく拳を握った。
「測られなくていいです」
「ほう?」
「守れれば、それで」
その言葉に、ハロルドは深く頷いた。
王都研究官の現地入りは、こうして始まった。
衝突はあった。
価値観の違いも、はっきりした。
だが――
尊重は、確かに芽吹いた。
そしてフィリアは、理解する。
外部は敵ではない。
だが、無条件の味方でもない。
守るということは、
向き合い続けることなのだと。
原種管理地フィリア領は、
次の段階へと、静かに踏み出していた。




