「選ばれなかった側」の動き
原種管理地としての指定が正式に周知されてから、フィリア領は奇妙な静けさに包まれていた。
外から見れば、それは秩序だった平穏。
だが内側にいる者たちには分かる。
――嵐の前だ。
■静かな日常、増える違和感
朝の巡回路。
原種区画の外周を回る警備班が、いつも通りの報告を上げる。
「異常なし。柵・封印符ともに問題ありません」
「交代もスムーズです」
封緘使は頷きながらも、わずかに眉をひそめた。
(……静かすぎる)
外部の視察依頼は、表向きは減っていた。
王都の研究官候補も、正式ルートで動いている者は一部だけ。
だが――
「減った」のではない。
「表に出なくなった」だけだ。
■“選ばれなかった側”
その日の午後。
フィリアの執務机には、王都から届いた簡易報告が置かれていた。
「研究官候補の一次選抜、終了……」
名前の並んだ名簿を、フィリアは小さな指でなぞる。
「……この人も、この人も、落ちてる」
ガルドが静かに言った。
「能力がないわけではない。だが――“管理地に関わらせられない”と判断された者たちだ」
研究能力はあっても、
立場が危うい者。
背後関係が複雑な者。
貴族家との結びつきが強すぎる者。
原種管理地は、“扱える人間”が限られる。
「……選ばれなかった人たちは、どうするの?」
フィリアの問いに、誰もすぐには答えなかった。
■王都の裏側
同じ頃、王都。
選考結果を受け取った一人の研究者が、書類を机に叩きつけた。
「……ふざけるな」
彼は、農学と薬学の両方に通じた優秀な人材だった。
だが、所属していた学派が“古い貴族寄り”だった。
「原種管理地? たかが辺境の小娘の領地だろう」
周囲の同調者たちが、低い声で囁く。
「正式ルートに乗れなかった以上、別の道を探すしかある」
「情報は……完全に遮断されているわけじゃない」
彼らは“研究官候補”から外れた。
だが、諦めたわけではなかった。
■小さな異変
数日後、フィリア領。
「フィリア様。報告です」
封緘使が差し出したのは、些細だが気になる記録だった。
・原種区画外での不自然な足跡
・市場で出回り始めた、出所不明の植物知識
・「似た植物を見た」という噂話
「直接の侵入はない。でも……」
「探ってる、って感じ?」
封緘使は頷いた。
「ええ。“正面からは来ない”動きです」
■領内の変化
だが、変わっていたのは外部だけではない。
領内の人々も、少しずつ意識を変え始めていた。
「原種の話は、外じゃしない方がいい」
「知らない人に聞かれても、“分からない”で通す」
「登録証、ちゃんと持って行けよ」
それは命令ではなく、習慣だった。
ルールが“守らされている”のではなく、
“守るもの”として共有され始めている。
じいじが茶を飲みながら呟く。
「……いつの間にか、皆が同じ方向を向いとるのぅ」
「うん。ありがたいことだよ」
フィリアは素直にそう答えた。
■フィリアの自覚
夜。
執務室に残ったフィリアは、地図を見つめていた。
(選ばれなかった人たちは……きっと諦めない)
正面から来ないなら、
横から。
下から。
あるいは、内部の“隙”を狙って。
(でも……)
フィリアは、小さく息を吸う。
(もう、“知らなかった”では済まない)
原種管理地であるということは、
価値があるということ。
狙われるということ。
そして――
守る責任があるということ。
■次の段階へ
翌朝。
封緘使が、少し硬い表情で言った。
「フィリア様。王都より、追加の“非公式連絡”が入りました」
「……内容は?」
「“研究協力の形を変えた提案”が、近く届く見込みとのことです」
フィリアは、椅子に座ったまま足をぶらぶらさせた。
「正面からの提案、かぁ」
ガルドが低く言う。
「その裏に、“選ばれなかった側”の意向が混じる可能性も高い」
フィリアは、少しだけ笑った。
「……来るなら来てほしいな」
「フィリア?」
「だって、ちゃんと話さないと分からないでしょ」
幼い声。
だが、その目にはもう、迷いはなかった。
⸻
原種管理地。
そこに関われる者と、関われなかった者。
選ばれた側と、選ばれなかった側。
その境界が、
静かに、だが確実に――動き始めていた。
次に来るのは、
“善意の顔をした圧力”。
フィリアは、それを受け止める覚悟を、すでに持っていた。




