選別という責任 ――領地が“選ぶ側”に立った日
原種管理地指定から、さらに数日。
領地は一見すると静かだった。
だが、その静けさは「何も起きていない」からではない。
皆が、様子を見ていた。
外からの視線。
王都の動き。
そして――内部の覚悟。
■「問い合わせ」が、増え始める
文官が一枚の紙束を抱えて執務室に入ってきた。
「フィリア様……ここ三日で、“問い合わせ”が二十七件です」
「……そんなに?」
「はい。内容はほぼ同じです」
・研究協力の申し出
・視察同行の希望
・研究員の短期滞在要請
・“非公式”の情報共有依頼
フィリアは机の上に肘をついて、紙束を覗き込んだ。
「……全部、言い方が丁寧なだけで、中身は一緒ね」
「“関わらせてほしい”と」
ガルドが低く言った。
「正確には、“口を出させろ”だな」
■領内の反応が、変わってきている
以前なら、こうした話が出ただけで――
領内は不安に揺れただろう。
だが、今回は違った。
「登録制って、こういう時のためなんだな」
「誰でも入れると、守れないって分かったし」
「外から来た人が悪いんじゃない。線引きが必要なんだ」
井戸端でも、作業場でも、同じ言葉が聞こえ始めていた。
“ルールは、俺たちを守るためのものだ”
それが、共通認識になりつつあった。
フィリアは、その報告を聞いて小さく息を吐いた。
(……ちゃんと、浸透してる)
■研究官候補の「色」が見え始める
封緘使が、静かに資料を差し出す。
「王都から名前が挙がっている研究官候補です」
三名。
・植物学専門の学術院所属
・軍需研究にも関わった経歴あり
・医療系研究所出身の薬学者
「全員、優秀です。ただ……」
「ただ?」
「“原種管理”への姿勢に、差があります」
封緘使は続けた。
「二名は『管理と保全』を前提にしています。
一名は……“成果の最大化”を優先する考えですな」
フィリアは、即座に言った。
「三人目は、無し」
「即断ですな」
「ここは“成果を出す場所”じゃないもの」
原種管理地は、使うための場所ではない。守る場所だ。
その前提を共有できない相手とは、最初から噛み合わない。
■フィリア、はじめて“選別する”
その日の夕方。
フィリアは、ガルドと文官、封緘使を前に言った。
「受け入れは、二名まで」
「条件は?」
「原種区画への立ち入りは制限付き。研究成果の公開範囲は、事前合意制。そして――」
少し、間を置く。
「最終決定権は、領地側にあること」
誰も、異を唱えなかった。
むしろ、空気が引き締まる。
「……ついに、選ぶ側に回りましたな」
ガルドの言葉に、フィリアは小さく笑った。
「選ぶの、怖いよ」
「でしょうな」
「でも……選ばないと、守れない」
それが、ここまで来て分かったことだった。
■じいじ、ぼやく(再び)
その夜。
じいじは囲炉裏の前で、渋い顔をしていた。
「研究官を選別? 条件付き受け入れ?三歳のやることじゃなかろう」
「言わないでって言ってるでしょ」
「いや、言うわい。何させとるんじゃ、この国は」
だが、最後にはこう付け足した。
「……とはいえ。守る覚悟を決めた顔は、立派じゃ」
フィリアは、少しだけ照れた。
■領地は、もう“実験場”ではない
翌日。
封緘使は王都へ、正式な返答を送った。
・研究官の受け入れは限定的
・原種管理地の主権は領地側にある
・協力はするが、主導権は渡さない
その文面は、柔らかく、だが明確だった。
「ここは、管理される場所ではない」
「管理する場所だ」
■フィリアの胸に芽生えたもの
執務室に一人残り、フィリアは窓の外を見た。
畑では、人が働いている。
見張り塔では、警備が立っている。
子どもたちは、いつも通り走り回っている。
(……守れてる)
そう、初めて実感できた。
作るだけだった頃とは違う。
増やすだけでもない。
守るために、選ぶ。
それが、領主の仕事なのだと。
フィリアは、小さく呟いた。
「……もう、戻れないね」
でも、その声には迷いはなかった。
ここは、原種管理地。
そして――
フィリアが“守ると決めた場所”なのだから。




