研究官候補すでに動く
原種管理地としての指定が王都で正式に回ってから、数日。
フィリアの領地は、表向きには静かだった。
だがその水面下では、確実に“人の動き”が増えていた。
⸻
■「視察ではない」来訪者
領門に立つ門番が、少し戸惑った様子で報告に来たのは昼前のことだった。
「フィリア様……王都から、学術院所属を名乗る者が二名。ですが、視察ではなく……“滞在希望”とのことです」
「滞在?」
フィリアは、書類から顔を上げた。
「登録申請は?」
「提出済みです。研究目的、身元保証、同行者なし。……手続き上は、問題ありません」
ガルドが低く唸る。
「……来おったな」
フィリアは、しばし黙って考えたあと言った。
「規則通りに対応して。“研究官候補”として、一般区画のみ許可」
「原種区画は?」
「当然、不可」
その答えに、ガルドはわずかに口角を上げた。
「よろしい。線は、越えさせませんな」
■研究官候補たち
面会室に現れた二人は、まるで対照的だった。
一人は、細身で眼鏡をかけた青年。
書類を抱え、常に周囲を観察している。
もう一人は、年嵩の女性。
白衣の上に外套を羽織り、落ち着いた目をしている。
「王立学術院・植物研究科所属。臨時研究官候補、リヒトと申します」
「同じく、候補のエルナです」
二人は丁寧に頭を下げた。
フィリアは、椅子に座ったまま言う。
「確認するね。あなたたちは“派遣”じゃない」
リヒトが即答した。
「はい。あくまで“自主的滞在”です。ただし、報告義務はあります」
「……王都に?」
「学術院と、必要に応じて王城へ」
ガルドが静かに言葉を挟む。
「つまり、“目”でもあるわけだ」
エルナは否定も肯定もしなかった。
「研究者は、事実を報告するだけです」
その空気に、フィリアは内心でため息をついた。
(もう、始まってる)
■領内の反応
研究官候補の存在は、すぐに領内へ伝わった。
「王都の学者が来たらしいぞ」
「原種管理地だからな……」
「見張り、ってことか?」
不安の声もあったが、同時に別の感情も芽生えていた。
「……でも、俺たちの仕事が“国に認められてる”ってことでもあるんだよな?」
「外から来た連中が、勝手できないってのは……悪くない」
ルールが守られた実績が、
領民の中に“自信”を生み始めていた。
■研究官候補、動く
滞在を許可された翌日から、二人は早速動き始めた。
・既存の農地配置の確認
・青天麦・銀光豆の育成環境の聞き取り
・加工工程の“外縁部分”の観察
・記録方式のチェック
だが――
原種区画の手前で、必ず足が止まる。
「ここから先は?」
「登録外です」
門番は、淡々と答える。
エルナは一度だけ、静かに息を吐いた。
「……徹底していますね」
「はい」
それ以上、何も言わなかった。
■フィリアの違和感
数日後。
報告を受けながら、フィリアはふと気づいた。
「……この人たち、急ぎすぎてない?」
文官が首を傾げる。
「確かに。“成果を持ち帰る”というより……
“先に押さえる”動きに見えます」
ガルドが低く言った。
「王都は、“制度”より“人”を送り込んできた」
「……うん」
フィリアは、小さく頷いた。
「研究官候補、って肩書き。便利だよね。味方にも、圧力にもなれる」
■夜、フィリアの独白
その夜。
フィリアは、自室の窓辺で考えていた。
(視察は断れた)
(交渉も、跳ね返した)
(だから次は……中から)
“ルールを守る人間”として入ってきて、少しずつ、線を動かそうとする。
それは、敵意よりも厄介だった。
「……でも」
フィリアは、静かに言った。
「ここは、もう“私だけの領地”じゃない」
守ると決めた。
ルールを敷いた。
領民も、それを信じ始めている。
なら――
「試されるのは、向こうだよ」
研究官候補たちが、どこまで“ルールの内側”で動けるのか。
そして――
どこで“線を越えようとするのか”。
フィリアは、小さな手を握った。
原種管理地。
それはもう、「物」や「植物」だけの価値ではない。
“守り方”そのものが、
評価され始めていた。
次に動くのは、
きっと――王都。
だがその前に。
人は、必ず試す。
そして、選ぶ。
味方か。
圧力か。
物語は、静かに次の段階へ進んでいた。




