外部の“次の一手”が見え始める
原種管理地としての内部ルールが発布され、
それが“実際に守られた”という事実が、領内に静かに浸透してから数日。
領地は、一見すると落ち着いていた。
作業は通常通り進み、
原種区画では監視と記録が淡々と続き、
学校では子供も大人も机に向かっている。
だが――
その静けさは、嵐の前のものだった。
■ 封緘使の違和感
最初に“何かおかしい”と感じたのは、封緘使だった。
「……報告書が、増えています」
執務室で資料を整理しながら、低い声でそう言う。
「増えてる?」
フィリアが顔を上げる。
「はい。王都から届く“照会”が、微妙に変わってきています」
書簡を一枚、机に置いた。
・原種管理地の警備体制
・登録制の運用方法
・研究記録の保管年数
・立ち入り拒否時の対応基準
「……全部、もう提出した内容だよね?」
「ええ。ですが――質問の仕方が変わっています」
ガルドが腕を組んだ。
「探りを入れてきている、ということか」
封緘使は頷く。
「“規則を破らせる”のではなく、“規則の隙を探す”段階です」
空気が、少しだけ張り詰めた。
■ 王都の“空気”
同じ頃、王都では。
正式な対立も、抗議も起きていない。
だが、水面下では確実に動きがあった。
「フィリア領、思ったより硬いな」
「子爵家を引かせたのは、想定外だ」
「王命を盾にされた以上、正面からは動けん」
そんな会話が、貴族の私室や商人の集まりで交わされていた。
注目されているのは、ただ一点。
原種管理地が“閉じている”という事実。
「……独占ではない、と言い切れないだろう?」
「登録制だ。登録できなければ触れない」
「だが、登録基準は領地が決めている」
不満は、まだ言葉にならない。
だが、確実に溜まり始めていた。
■ 領内に届く“間接的な圧”
その変化は、少しずつ領内にも現れ始める。
「フィリア様、商人からの問い合わせが増えています」
「内容は?」
「“加工前素材だけでも買えないか”
“研究用の少量譲渡は可能か”
“視察の同行者を増やせないか”……」
フィリアは、深く息を吸った。
「……全部、ルールに触れるね」
「はい。ですが、どれも“ギリギリ触れない言い方”です」
ガルドが苦笑する。
「露骨な違反ではない。だが、狙いは明確だな」
“例外を作らせたい”。
それも――
こちらが断りにくい形で。
■ フィリア、理解する
フィリアは、しばらく黙ったまま考え込んでいた。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「これってさ」
小さな手で机を指し示す。
「“奪いに来てる”んじゃないよね」
封緘使が答える。
「はい。“引き出そう”としています」
「力じゃなくて?」
「交渉、慣例、同情、効率、国益――いろんな言葉を使って、です」
フィリアは、ぽつりと言った。
「……大人のやり方だ」
ガルドは、その言葉に一瞬、目を細めた。
「そうだな」
■ 内部を試さず、外から削る
封緘使が続ける。
「内部規律が固いと分かった以上、次は“内部を揺らさずに外から削る”動きになるでしょう」
「例えば?」
「研究協力という名目での人材派遣要請。
流通網を押さえる提案。
あるいは……」
一拍置く。
「“国益のために協力すべきだ”という圧です」
フィリアは、ぎゅっと唇を結んだ。
(来るって分かってたけど……)
(ちゃんと、来るんだ)
■ フィリアの決断(静かなもの)
「……でも」
顔を上げる。
「ルールは変えない」
「はい」
「守るって決めた場所だから」
ガルドが、ゆっくりと頷いた。
「では、次は――」
「“想定”を増やそう」
フィリアは、はっきり言った。
「どう来られても、迷わないように」
■ じいじ、ぼそっと言う
その夜。
じいじは茶を飲みながら、ぽつりと呟いた。
「……昔はな。
何もない土地は見向きもされんかった」
「うん」
「だが、“価値がある”と分かった途端、今度は皆が“正しい顔”で手を伸ばしてくる」
フィリアは、静かに答えた。
「だから――手を伸ばせないように、枠を作った」
じいじは、ふっと笑った。
「二、三歳のやることじゃないのぅ」
「言わないでって言ったでしょ」
■ 次の波は、静かに来る
この時点で、まだ衝突はない。
拒否も、対立も、声高な抗議も。
だが――
外部は、確実に“次の一手”を考え始めていた。
正面からは来ない。
だが、引き下がりもしない。
それを、フィリアは理解していた。
(守るって、こういうことなんだ)
作るよりも、
増やすよりも、
ずっと難しい。
フィリアは、小さく息を吐いた。
「……よし」
次に来るのは、
“交渉”か、“要求”か、
それとも――“善意”の顔をした圧力か。
どれであっても。
ここは、もう揺らがない。
原種管理地は、
外から見て「簡単ではない土地」になった。
そしてそれは――
本当の意味で、国に認識された瞬間でもあった。




