防衛とルール作り――原種を守るということ
原種管理地指定の通達が届いてから、数日。
フィリアの領地は、目に見えて「空気」が変わっていた。
「……人の視線、増えてない?」
執務室の窓から外を眺めながら、フィリアがぽつりと呟く。
道を行く商人。
巡回を名目に訪れる騎士。
理由をつけて畑の近くまで来る他領の関係者。
どれも表向きは穏やかだが――
“見られている”という感覚だけは、確実に増していた。
ガルドは腕を組み、静かに頷く。
「原種管理地になった以上、避けられぬ。だが、ここからが本番だ」
「本番?」
「守らねばならんものが“明確になった”という意味だ」
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■ 原種区画の明確化
最初に手を付けたのは、区画の整理だった。
青天麦、銀光豆、蒼霧草――
これらの“原種”が育てられている畑を、明確に分ける。
「今までは“試験畑”って感覚だったけど……
これからは違うね」
フィリアの指示で、原種区画は以下のように定められた。
・外周に簡易柵を設置
・出入口は一か所のみ
・常時、見張りを配置
・立ち入りは許可制
「畑に柵なんて、大げさじゃないか?」
そう言う農家もいたが、ガルドが即座に否定した。
「盗む気がなくとも、踏み荒らされれば終わりだ。“善意の事故”も、最も防ぐべきものの一つだ」
結果として、領民の理解は早かった。
「守るって、そういうことか」
「特別な畑なら、特別扱いでいい」
そうして、原種区画は“聖域”に近い扱いになっていく。
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■ 警備体制の強化
次に問題となったのは、人手だった。
「騎士を増やす?」
「それとも傭兵?」
フィリアの問いに、ガルドは首を横に振る。
「どちらも違う。“ここを知っている人間”で固める」
選ばれたのは――
・元村の自警団経験者
・農作業と警備を両立できる者
・夜間見回りが可能な若者
いわば、半農・半警備の体制だ。
「戦わせるためじゃない。“異変に気づける目”を増やす」
交代制で巡回し、記録を残す。
夜間は二人一組。
外部の人間が原種区画に近づけば、必ず報告。
「これなら、過剰でも過小でもない」
フィリアはそう判断した。
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■ 持ち出し禁止規則
最も重要で、最も揉める可能性があったのが――
持ち出し禁止だ。
ガルドが文案を読み上げる。
「原種区画より採取された作物、種子、苗、加工前素材は、フィリア領の許可なく持ち出すことを禁ずる」
「……重いね」
「重くせねば、破られる」
さらに続く。
・違反者は領内裁定
・悪質な場合は王都へ報告
・“知らなかった”は免責されない
一瞬、室内が静まった。
「厳しすぎる、って言われない?」
「言われるだろうな」
ガルドははっきり言った。
「だが、曖昧にすれば必ず抜け道ができる。ルールとは、最初に強く作るものだ」
フィリアは、少し考えてから頷いた。
「……うん。これは“誰かを罰するため”じゃなくて、“誰も困らせないため”のルールだもんね」
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■ 関与の線引き
最後に決めたのは、
誰が、どこまで関われるか。
・原種の育成:指定農家のみ
・加工試験:許可制
・視察:立会い必須
・研究資料:写しのみ、原本持ち出し不可
「全部オープンにしないんだ?」
「しない」
フィリアは即答した。
「広めることと、守ることは別。今はまだ、“守る”が先」
それは、初めてフィリアが
制限する側に立った瞬間だった。
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■ 2歳児のぼやき
夜。
一日の報告を終えたあと、フィリアは椅子に沈み込んだ。
「……ねえ、ガルド」
「どうなさいました?」
「私、2歳だよ?」
「左様で」
「なんで私が、警備とか規則とか線引きとか決めてるの?」
ガルドは一瞬だけ目を伏せ、
そして穏やかに笑った。
「……誰かがやらねばならなかった。そして、その“誰か”が、たまたまフィリアだっただけです」
「たまたま、で済ませるには重すぎない?」
「重いですな」
それでも、とガルドは続けた。
「それを放り投げなかった時点で、もう立派に“守る立場”です」
フィリアは深く息を吐いた。
「……やだなぁ。もう少し、何も考えない時間が欲しい」
「では――」
ガルドは静かに頭を下げた。
「その時間を守るために、我々大人が全力を尽くしましょう」
フィリアは、少しだけ笑った。
「……お願いね」
こうして――名実ともに
**「守るべき場所」**となった。
それは誇りであり、
同時に――逃げられない責任でもあった。
だがまだ、この重圧は
“序章”に過ぎない。
干渉も、視察も、圧力も――
これから、より具体的な形で
彼女たちの前に現れていくのだから。




