原種管理地指定 ― 名誉と重圧
王都からの正式な通達が届いたのは、穏やかな昼下がりだった。
封緘使がいつになく神妙な顔で執務室に入り、分厚い封書を机に置く。
「……フィリア様。これは、王命です」
「おうめい?」
フィリアは椅子の上で足をぶらぶらさせながら首を傾げた。
中身がどうこう以前に、まず言葉が難しい。
ガルドは一瞬、目を閉じた。
(……2歳児に王命を読み上げる光景とは)
だが現実は現実だ。
ガルドは覚悟を決め、封書を開いた。
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■ 王都の決定
内容は、簡潔だが重かった。
《青天麦》《銀光豆》《蒼霧草》の
“原種管理地”として指定する。
・原種の保全・管理は王命事項
・無断持ち出し、改変は禁止
・研究目的の立ち入りは王都の許可制
・代わりに、管理地としての保護と名誉を保証する
読み終えた瞬間、室内が静まり返った。
文官の一人が、喉を鳴らす。
「……つまり」
「国が、本気でこの領地を“起点”にすると決めた、ということだな」
ガルドの声は低かった。
フィリアは、ぽかんとしている。
「……すごいの?」
「すごい、なんてもんじゃありません」
封緘使が苦笑した。
「国家戦略の根幹です。食糧、医療、兵站……どれが欠けても国は持ちません」
青天麦。
銀光豆。
蒼霧草。
どれも「知られなければ雑草」で、「知られた瞬間に国家資産」へと変わった植物だ。
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■ 名誉と、同時に来る圧力
ガルドは書簡を机に置いたまま、静かに言った。
「……名誉だ。だが、それ以上に――重い」
「はい」
文官が続ける。
「今後、貴族、商会、研究者、軍関係者……
“原種”を理由に、必ずこの領地に干渉してきます」
封緘使も頷いた。
「守らねばなりません。失われれば、国の未来が揺らぐ」
その言葉を聞きながら、フィリアは腕を組んだ。
「……つまり」
全員が、フィリアを見る。
「この草とか麦とか豆とか、大事に育てなきゃダメってこと?」
「はい」
「勝手に売っちゃダメ?」
「ダメです」
「勝手に増やしても?」
「管理下でなら」
フィリアはしばらく考え――
そして、ぽつりと漏らした。
「……ねえ」
「なんでしょう、フィリア様」
「これさ」
一拍置いて。
「2歳児にやらせる仕事じゃなくない?」
沈黙。
次の瞬間――
「「「それな!!!!」」」
執務室に、全会一致の本音が炸裂した。
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■ 大人たちの本音
ガルドは思わず頭を抱えた。
「……誰がどう見てもそうだ……」
文官も肩を落とす。
「原種管理、国家調整、王命対応……正直、伯爵ですら胃を壊します」
封緘使はため息をついた。
「王都でも話題になっております。“なぜ2歳児の領地が国家中枢になっているのか”と」
フィリアはむすっとした。
「でしょ!?わたし、まだ字も全部読めないんだよ!?」
「読める方がおかしい年齢です」
「お昼寝もいるんだよ!?」
「当然です」
ガルドは、娘を見て決意したように言った。
「……だからこそだ」
フィリアがきょとんとする。
「フィリア。これは“お前一人で背負う話”ではない」
ガルドは一歩前に出た。
「守るのは、領地だ。判断するのは、大人だ」
「フィリアは――」
その言葉は、はっきりとしていた。
「“守る立場に立つ象徴”であればいい」
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■ フィリアの初めての「守る覚悟」
フィリアは、しばらく黙っていた。
原種管理地。
名誉。
重圧。
干渉。
責任。
よく分からない。
でも――
「……勝手に奪われるのは、イヤ」
その一言に、全員が息を呑んだ。
「ここで育ててるんだもん」
「みんなが頑張ってるんだもん」
「だから」
フィリアは、ぎゅっと拳を握る。
「守るのは、イヤじゃない」
ガルドの目が、静かに揺れた。
「……そうか」
フィリアは、ちょっとだけ照れたように言う。
「でもね」
「?」
「むずかしい話は、大人がやって」
「わたしは――」
少し考えて、こう締めた。
「ちゃんと育つか、見てる係でいい?」
その場に、あたたかい笑いが広がった。
封緘使が深く頭を下げる。
「それで十分です、原種管理地の主よ」
こうして――
フィリア領は正式に
**“原種管理地”**として名を刻まれた。
名誉と、圧力と、責任を背負って。
そしてフィリアは初めて、
「奪われないように守る立場」に立ったのだった。
(なお、この時点でまだ2歳児である)




