原種管理地指定――守る責任が生まれた日
王都からの正式文書が届いたのは、朝霧がまだ畑に残る時間だった。
封緘使が、いつもよりも慎重な手つきで封を切る。
「……フィリア様。王都より、“特別指定”の通達です」
その言葉に、執務室の空気が一瞬で引き締まった。
「特別指定……?」
フィリアは書簡を受け取り、目を通す。
そこに書かれていたのは――
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《通達》
フィリア領を
【青天麦・銀光豆・蒼霧草】の
《原種管理地》として正式指定する。
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一行読み終えた瞬間、フィリアは言葉を失った。
「……原種、管理地……?」
ガルドがゆっくりと説明する。
「簡単に言えば、“この国にとって最も重要な種の保管地”ということですな。
青天麦と銀光豆は、すでに王都の試験圃場で高評価を得ております」
封緘使も続けた。
「特に銀光豆の保存性は、軍需・災害備蓄の観点から“国家戦略級”と判断されました」
フィリアは、思わず息を吐いた。
「……そんなに、影響が……」
「あります」
学術院から派遣された使者が、はっきりと言った。
「この三種は、飢饉・疫病・兵站、そのすべてを変え得る存在です」
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■ 名誉と同時に届いた“制限”
通達は、それだけでは終わらなかった。
・原種の無断持ち出し禁止
・栽培区域の管理義務
・王都研究所との定期情報共有
・護衛配置の打診
・外部視察の制限
「……結構、縛られるね」
フィリアが苦笑すると、ガルドは静かに頷いた。
「守るということは、自由が減るということでもあります」
それは責める口調ではなかった。
事実として、そうなのだ。
「でも……」
フィリアは、窓の外を見た。
畑では、人々が働いている。
青天麦の若芽を丁寧に確認し、
銀光豆の乾燥棚を調整し、
蒼霧草を薬草班の子どもたちが観察している。
「この人たちの生活を支えるものなら……守る価値は、あるよ」
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■ 名誉の影で、圧力も動き出す
その日の午後。
文官が青ざめた顔で報告に来た。
「フィリア様……すでに、二つの貴族家から“共同管理”の打診が……」
「早いね……」
「はい。名目は協力ですが、実質は――」
「原種への影響力、だよね」
フィリアは理解していた。
原種管理地という肩書きは、
栄誉であると同時に、
“狙われる理由”にもなる。
「……断ります」
即答だった。
「この領地で育てたものは、この領地で守る。
国と協力はするけど、横から奪われるつもりはない」
封緘使が、深く頷いた。
「その覚悟がなければ、原種管理地は務まりませぬ」
⸻
■ フィリア、初めて“守る側”へ
その夜。
フィリアは一人、倉庫の前に立っていた。
鍵のかかった扉の向こうには、
選別された青天麦の種、
銀光豆の原本、
蒼霧草の乾燥標本が保管されている。
「……今まではさ」
独り言のように、呟く。
「作ればよかった。増やせばよかった。
困ってる人がいたら、どう使うか考えればよかった」
でも、今は違う。
「これからは……
“失わないようにする”って仕事が増えるんだね」
ガルドが、静かに隣に立った。
「守る立場になった、ということですな」
「……うん」
少しだけ、怖い。
責任の重さが、はっきりと形を持ってのしかかる。
でも――
「でもさ、お父さん」
フィリアは、小さく笑った。
「守るものがあるって……
悪くないね」
ガルドは、何も言わずに微笑んだ。
こうして――
フィリア領は、ただの開拓地から、
**“国の未来を支える原点”**へと変わった。
それは名誉であり、
制限であり、
そして――
フィリアが初めて背負った、
“守る責任”の始まりだった。




