青天麦・銀光豆の“王都評価”
王都・学術院付属試験農園。
朝靄の中、広い畑の一角に集まった人々の表情は、どこか緊張していた。
「……これが、例の“雑草扱いされていた麦”か」
農務大臣が、青みがかった穂を指先でつまむ。
「見た目は確かに粗い。貴族農園ではまず選ばれんな」
その隣で、学術院長が静かに首を振った。
「ですが、試験結果は嘘をつきません」
封緘使が提出した報告書――
フィリア領から送られてきた青天麦と銀光豆の原種は、すでに王都の研究班で一通りの試験を終えていた。
「まず青天麦から説明します」
若い研究官が前に出る。
「通常の小麦と比較して、降雨量が多い条件でも倒伏率が極端に低い。さらに、同じ区画での収穫量が平均して三割増」
農務大臣が眉を跳ね上げた。
「三割……? それは、年によっては飢饉を覆す数字だぞ」
「ええ。加えて、粗放栽培でも一定の収量を維持できます。痩せ地、開墾地でも育つ」
学術院長が深く息を吸った。
「……地方領にとっては、まさに“救命具”だ」
宰相が低く唸る。
「つまり、食糧生産の前提条件そのものが変わるということか」
「はい。これまで“麦が育たない”とされていた地域でも、栽培可能になります」
その場に、重い沈黙が落ちた。
これは単なる新品種ではない。
国家の地図を書き換える作物だった。
⸻
「では、次に――銀光豆です」
今度は別の研究官が前に出る。
「最大の特徴は保存性。乾燥処理後、五年経過したものでも、栄養価の低下がほぼ見られません」
「五年……?」
軍務大臣が思わず声を上げる。
「それは、兵站の常識を壊す数字だ」
研究官は頷いた。
「はい。加えて、タンパク質含有量が高く、豆粉に加工した場合、主食の補助として非常に優秀です」
「味は?」
「……率直に言って、悪くありません」
その一言で、場の空気がざわつく。
「保存できて、栄養があり、食える」
軍務大臣は乾いた笑みを浮かべた。
「戦争向きすぎるな」
農務大臣が即座に否定する。
「いや、これは“平時こそ価値がある”。備蓄が増えれば、国民は飢えにくくなる」
宰相が静かに言った。
「……この二つ、同時に世に出してよい代物ではないな」
全員が理解していた。
急激な普及は混乱を生む。
価格の崩壊、既存農業との摩擦、貴族間の利権争い――
どれも避けられない。
⸻
学術院長が、書簡の最後の一文を読み上げた。
「『本植物群の発見者フィリアは、青天麦・銀光豆・蒼霧草について、国家管理下での段階的普及を提案する』……とあります」
宰相は、ゆっくりと息を吐いた。
「……最初から、そこまで読んでいたか」
王は、玉座に深く腰掛けたまま呟く。
「欲を出さず、独占もせず、だが原種は確保する……」
「まるで、国の未来を預けるつもりで差し出してきていますな」
王は、苦笑した。
「いや……違うな。あの子はただ、“人が飢えない国”を作りたいだけだ」
一瞬の沈黙のあと、王は立ち上がった。
「決定する」
場の空気が引き締まる。
「青天麦と銀光豆は、王命により国家準戦略作物と指定する」
「研究は継続。普及は三段階。最初は試験領地のみ」
「フィリア領は――原種管理地として正式に認める」
宰相が頷く。
「功績に対する褒賞は?」
王は少し考え、静かに言った。
「……今は不要だろう。あの子は、金貨よりも“時間”を欲しがる」
学術院長が微笑む。
「では、その時間を守りましょう」
⸻
数日後。
フィリアの元へ届いた、王都からの正式通達。
読み終えた彼女は、ほっと肩の力を抜いた。
「……よかった。ちゃんと、伝わったみたい」
ガルドが、穏やかに頷く。
「正しい判断でしたな。急げば、壊れていたでしょう」
「うん」
フィリアは窓の外を見た。
建築中の校舎。
整備されつつある畑。
忙しく行き交う人々。
「じゃあ次は――この人たちが、ちゃんと食べて、学んで、生きていけるようにしないとね」
青天麦と銀光豆は、まだ始まりにすぎない。
だが確かに――
この領地の足元は、もう揺らいでいなかった。




