静かな転換点――芽吹く畑、集う技、忍び寄る影
「……これで、ひとまず落ち着く、かな?」
執務室の窓から工事現場を眺めながら、フィリアは小さく息を吐いた。
木工場、住宅区画、倉庫、そして三ヶ所の学校予定地。
どれも完成まではもう少し時間がかかるが、基礎は揃っている。
ガルドが頷く。
「無理に次を打たぬ判断は賢明です。限られた人員で詰め込みすぎれば、歪みが出る」
「うん。今は“回り始めた流れ”を止めないことが大事」
フィリアは机に広げた計画書に視線を落とした。
そこには、まだ「予定」のまま動かしていない五つの名前が並んでいる。
金露の木。
青天麦。
銀光豆。
赤花コショウ。
蒼霧草。
「……焦らない。でも、準備だけは進める」
その判断が、後に大きな意味を持つことになるとは――
この時点では、まだ誰も知らなかった。
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■畑に変化――②青天麦と③銀光豆、最初の成果
まず動かしたのは、食料だ。
「砂糖だけじゃ、お腹は膨れないものね」
青天麦と銀光豆は、領地の外れに確保していた試験農地に集中的に植えられていた。
本格的な全国展開は王都主導だが、基準となる“最初の収穫” は、この領地が担う。
「……見てください、倒れてません!」
農夫の声に、フィリアは畑へ駆けた。
青天麦は、雨のあとでも真っ直ぐ立っていた。
通常なら根元から倒れやすいはずの時期だ。
「これが……高耐性」
「収量も多いです。体感ですが、三割どころじゃない」
隣では、銀光豆が乾燥棚に並べられていた。
「保存用に試してみましたが……異常です」
「異常?」
「虫が寄らない。湿気にも強い。干してから日数が経っても、品質が落ちません」
フィリアは静かに拳を握った。
(これが、飢饉対策と兵糧革命……)
まだ声高に宣伝する段階ではない。
だが、領地内部の安心感 は、確実に増していた。
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■専門職人、ついに本格参入
その頃、門前が再び騒がしくなった。
「メイヤ様――いえ、フィリア様! 今度は“本物”です!」
グラットが連れてきたのは、これまでの見習いや流れ者とは違う。
・王都で工房を持っていた元親方
・精製工程専門の加工職人
・乾燥・保存技術に特化した技師
・農業用具を改良できる鍛冶師
「噂は聞いている。ここは……本気だな」
職人たちの目は、土地と施設を見て判断していた。
「場がある。計画がある。人もいる。
……あとは腕を振るうだけだ」
ガルドが深く頭を下げる。
「ようこそ。我が領地へ」
この日を境に、
“仮運用”だった各施設が、正式に稼働段階へ 入った。
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■忍び寄る外部の気配――①と④
だが、静かな変化はそれだけではなかった。
「……最近、妙な問い合わせが増えています」
封緘使が、声を落として報告する。
「甘味料関連と、香辛料についてです」
フィリアは一瞬で理解した。
「……金露の木と、赤花コショウね」
直接的な要求はない。
だが――
「“どこで手に入るのか”
“独占ではないのか”
“取引の余地はあるのか”」
質問はすべて、遠回しだ。
「王都の商会、他領の名代……複数あります」
ガルドが眉をひそめる。
「嗅ぎつけたか」
「ええ。砂糖の次を、皆が探しています」
フィリアは首を横に振った。
「……まだ動かない。予定は⑤④①の順。
甘味と香辛料は、後でいい」
今は、腹を満たすことが最優先 だ。
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■計画だけは、静かに整える
フィリアは改めて、五つの優先順位を確認した。
1.②青天麦 ― 主食の安定
2.③銀光豆 ― 保存食・備蓄
3.⑤蒼霧草 ― 医療基盤
4.④赤花コショウ ― 付加価値産業
5.①金露の木 ― 高級甘味料
「畑の区画整理、進めておいて。
種と苗は……必ず管理番号を」
「了解しました」
これは“静かな準備”。
だが、確実に未来を変える布石だ。
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■夜、フィリアは立ち止まる
建築音が少しずつ減り、
代わりに生活音が増えてきた夜。
フィリアは、灯りのともる領地を見下ろした。
「……今は、待つ時間」
急げば壊れる。
慎重すぎれば、機会を逃す。
「でも……ちゃんと進んでる」
畑は育ち、
技は集まり、
外の世界も、すでにこちらを見ている。
この領地は、もう「辺境」ではない。
静かに、確実に――
次の段階へ踏み込もうとしていた。




