グラット登場回
木工場建設の指揮が始まり、職人不足に頭を抱えていたフィリアたちのもとに、一台の幌馬車がゆっくりと門をくぐった。
御者台に座っているのは、渋い顔つきの中年の男。短く刈った黒髪と、くたびれた旅装束。だが、目の奥だけは鋭く光っている。
「失礼する。ここの領主代行さんは、どちらに?」
彼の名は――グラット。
商人ロウガとは別筋の独自ルートを持つ、木材・家具に強い商人である。
執事ガルドが応対する。
「ご用件を伺っても?」
「王都の市場で妙な品を見てね。透明な木の板、だとか。最初は冗談かと思ったが……どうにも、本物らしい」
その言葉にガルドの目がわずかに鋭くなる。
(情報が回るのが早い……)
「それで調べてみれば、どうやらこの領地の娘さん――フィリア嬢が作ったものだと聞いた。となれば、今後の流通も含めて、先に顔を売っておくのが筋ってものだろ?」
軽く肩をすくめるグラット。
誠実さもあるが、当然「商売の匂い」を嗅ぎつけて来たのだ。
ガルドは判断してフィリアの前に案内する。
⸻
フィリアの工房に案内されると、グラットは目を丸くした。
「ほう……この木工場の設計図、あんたが?」
「はい! でも職人さんがいなくて……資材も足りなくて……」
「職人不足は当然だ。王都は仕事で溢れてるってのに、地方は人手が枯れてる。……だが、これだけの広さがあるなら話は別だ」
グラットは床を靴で軽く叩いた。
「土地がある。材料がある。消費する市場の目星もついている……未完成とはいえ、ここには伸びしろがある」
そして――彼はニヤリと笑った。
「悪くない。儲かりそうだ」
露骨な物言いに、フィリアは少し身構える。
しかしグラットは続けた。
「心配するな。俺は乗っ取りに来たんじゃない。ただ……“仕事”が欲しい職人たちは、実を言うと王都にも山ほどいるんだよ。食っていけない木工師なんざ珍しくもない」
「えっ……?」
「条件次第ではまとめて連れて来れる。寝泊まり出来る作業場があるなら、なお良しだ。ここは土地だけはあるんだろ?」
フィリアとガルドは顔を見合わせた。
(これ……救いの手!?)
「ですが、木工場自体が未完成で……」
「だったら俺が材料の一部を前払いで入れてやる。もちろん商談としてだがな」
「前払い……!」
それは、今の領地にとって喉から手が出るほど欲しい申し出だった。
⸻
◆移住者、殺到
グラットが王都へ戻って職人たちへ声をかけたのは三日後。
さらに二日後には――
「フィリア様! 門前に人がっ……!」
驚いた声が響き、フィリアが駆けつけると、そこには十数名の男たちが荷物を背負って立っていた。
「木工の仕事と住む場所があると聞いた!」
「王都で仕事がねぇんだ……頼む、雇ってくれ!」
「俺は細工師だ! 道具だけは一流だよ!」
続々と集まってくる移住希望者たち。
噂は瞬く間に広がり、木工師だけではない。
・家具職人
・細工職人
・削り職人
・大工見習い
・素材加工業者
・子ども向け玩具師(積木の需要に目をつけた)
・薪職人(木材の端材を狙って)
「め、フィリア様……とんでもない数です……!」
ガルドが引きつった声で言う。
フィリアも息をのんだ。
「こ、こんなに来るなんて……!」
グラットが横で腕を組んで笑った。
「需要があるところに、人は集まるものさ。あとは受け入れ体制を作れるかどうかだ」
まるで試すような目をしている。
しかしフィリアは拳を握った。
「……やります! みんなでやってみせます!」
その言葉に、職人たちの顔がぱっと明るくなった。
グラットは満足そうに頷く。
「よし、ならこれからよろしく頼む。俺も本腰を入れて、この領地を盛り上げるとしよう」
こうして――
領地初の「木工産業波」が、静かに立ち上がったのだった。




