封緘使気づいてしまう“軍用転換”の恐ろしさと、久々の胸の高鳴り
木工場の建設計画が進む中、封緘使は人々の喧騒から少し離れ、丘の上から領地全体を見下ろしていた。
風にマントをはためかせながら、彼は目を細める。
(……姫様は気づいておらんのだろうな)
2×4規格材。
大量生産された角材。
同寸法の壁パネル。
平地での迅速な基礎作り。
(この方式……軍用に転換すれば、“要塞”が短期間でできてしまう)
短い期間で壁が立ち、計算された区画に沿って戦闘施設を積み上げ、防壁を連続して敷設できる。
封緘使は戦場で幾多の補給基地の建設を見てきたが、それでも数週間かかるものだった。
だが姫様の建築方式なら――
(……最短三日で“軍営”が立つ。最悪、戦が起きれば、この領地が戦略拠点として争奪される)
恐ろしいまでの有用性。
しかし同時に、彼の胸の奥で別の感情が沸き上がっていた。
(……おかしいな。私はもう“戦う者”ではないと、今回を最後に引退を決めたはずだったのに)
気づけば胸が高鳴っている。
この領地は、今まさに“文明の黎明期”に立っている。そして自分は、その瞬間を間近で見ている。
(面白い……実に面白い……!)
封緘使は思わず口角を上げた。
それは、戦場で「何かが始まる」と直感した時と同じ高揚だった。
◆
そんな時だった。
ふと、領主館の庭先で、姫様が何やら見慣れぬ板を並べていた。
黒と白の丸い石。
格子状の盤。
封緘使は思わず声をかけた。
「姫様、それは……何を?」
姫様はニコッと振り返った。
「リバーシ!裏返して遊ぶゲームだよ! 試作品作ってみたの!」
「……リバーシ?」
封緘使は興味深げに近づく。
「黒と白の石を置いて、相手の石を挟んで裏返していくの。最後に多いほうが勝ち!」
簡単に説明しながら、姫様は胸を張った。
「封緘使さん! 私と勝負しよ!」
封緘使は少し笑った。
「よかろう。老体の暇つぶしには丁度良い」
◆
――数分後。
盤面には、白黒の石がびっしり。
封緘使の黒:45
姫様の白:19
姫様
「…………え?」
ティロ(見物)
「ひ、姫様!? 圧倒的負け……!」
ミュネ(見物)
「封緘使様が……強すぎるにゃ!?」
封緘使は微笑みながら石を指先で弾いた。
「姫様、戦略ゲームは好きでしてな。軍での作戦会議のようで、つい本気になってしまいました」
姫様は悔しそうに頬を膨らませる。
「くぅぅ……! 初勝負で負けるなんて……!」
封緘使は盤を丁寧に整えながら言った。
「しかし……これは良い。子供から老人まで遊べる。教育にも使える。盤と駒を量産できれば、玩具として売り出す価値が十分にありますぞ」
「ほんと!?」
「ええ。戦略性があり、なおかつ簡単……久々に楽しませてもらいました」
そう言う封緘使の表情は、どこか若返って見えた。
(……結局私は、この領地がどうなるか、最後まで見届けたくなってしまったようだ)
心の中で苦笑する。
◆
その頃、外では――
ルード
「姫様!! 新たに“石工職人”“染物師”“皮革加工職人”“家畜医師”なども到着しました!!」
ティロ
「また来たぁぁぁ!!」
封緘使は立ち上がると、マントを翻しながら言った。
「……さて、遊んでばかりもいられませんな。姫様。文明を前へ進めるとしますか」
姫様は悔しさを残しつつ笑った。
「うん! 次は絶対勝つから!」
「それは楽しみですな」
こうして――
領地の産業革命は、軍人の心すら再び燃やし始めていた。




