封緘使の査察開始!──母上、まさかの“隠し焼き菓子”暴発事件
封緘使が到着したその日、領主館はまさに戦場だった。
■ ■ 到着、緊張が走る
「姫様、封緘使一行が門に到着しました!」
ルードの報告に、私は息を整えた。
封緘使──国家機密を扱うために派遣される、ほぼ“監査官”のような存在。
砂糖と透明樹液板の真価、管理、危険性まで全てを査察し、王家へ報告する役目を持つ。
つまり一歩間違えば領地の未来が変わる存在だ。
「……失礼の無いようにしないとね」
「姫様、深呼吸を」
ミュネがそっと背中を押してくれる。
そして正門前へ向かった私たちの前にいたのは──
黒い礼服に身を包み、鋭い眼光をした壮年の男。
「王家封緘使、クレイン=ヴァルト。以降、査察を開始する」
……怖い。でも覚悟はしていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
緊張の空気に包まれながら、査察が始まろうとしたその時──
■ ■ 調理場、あの人がいない。
視線を逸らしつつ私はルードに小声で尋ねた。
「ねえ……母上は?」
ルードの顔が一瞬引きつる。
「そ……それが……午前から姿が見えず……」
(……嫌な予感しかしない……!)
同時にミュネの耳がピクッと立つ。
「ひ、姫様……妙な匂いが……にゃ……」
焦げた匂い──そして甘い匂い。
この組み合わせは絶対にひとつしかない。
私はほぼ反射で調理場へ走った。
■ ■ 事件は、当然のように起きていた。
バンッッッ!!!!!!
扉を開けると同時に、小さな爆発音。
白い煙。
焦げた香り。
割れた陶器の破片。
床に散乱した謎の茶色い塊。
そして──
母上が、粉まみれで仁王立ちしていた。
「見ておれ王都の奥方どもぉぉぉ!!ついに……ついについに……焼き菓子の形ができたのよぉぉ!!」
(形だけ!?)
その隣でティロが土下座していた。
「すみません姫様!!止めたんです!!本当に止めたんですけど!!“封緘使が来る前に完成させたいのよ!”って……!!」
ミュネは涙目。
「な、何故……何故今日なんですにゃ……!」
私は頭を抱えた。
(封緘使が来る日に……国家機密レベルの砂糖焼き菓子を爆発させる母上……!)
しかし、その背後からクレイン封緘使の声が響いた。
「……これは何の騒ぎだ?」
最悪のタイミング。
私は必死で立ちふさがり、煙の中で咳き込みながら叫んだ。
「ち、違うんですこれは!!あの、えっと……ええと……科学的実験で──」
「焼き菓子であるな」
一瞬でバレた。
クレインの目が鋭く細まる。
「砂糖の使用履歴、管理状況、実験の記録……全て提出していただく」
(ああ……完全に監査モードだ……!)
しかし母上は焦げだらけの手を握りしめ、涙ぐんでいた。
「わ、私はただ……王都の奥方を見返すために……少しでも上手く……」
その姿を見て、クレインはわずかに眉を動かした。
「……事情は理解した。だが、砂糖は“甘味料”である以前に“戦略物資”だ。扱いは慎重にせよ」
母上は深くうなずいた。
「……すみませんでした……」
クレインは調理台の焦げた塊をひとつ拾い上げた。
「……だが、形は悪くない」
「えっ!?」
全員が固まる。
「素材の問題だ。卵と乳が無いのではこの食感になる。砂糖の量もわずかであるな?」
「そ、そうなのです……!」
クレインは淡々と言った。
「後で必要な家畜・器具一覧を作成する。王家としても“食文化としての価値”は無視できん」
(封緘使……意外と優しい……!?)
■ ■ こうして査察初日。
透明樹液板の分析と、砂糖管理の確認。
そして母上の“暴発焼き菓子事件”から、
まさかの食材・家畜導入計画まで一気に話が進んだ。
クレイン封緘使は静かに書類を閉じる。
「本領地の潜在能力……確かに王家が動く理由はある。明日より本格査察に入る。準備を頼む」
そして立ち去るその背中は、どこか満足げだった。私はどっと肩の力が抜けた。
「……母上、次からは本当に“勝手に挑戦しない”でね……?」
すると母上は胸を張って言う。
「もちろん!次はティロさんと一緒に作るわ!」
(“次は”って言った!?)
ミュネと私は同時に崩れ落ちた。
こうして──
封緘使の査察開始と母上の暴発事件で、領地のスイーツ革命はまた一歩進んだのだった。




