足りない材料、足りない家畜──そして“封緘使”来訪!
菓子職人ティロが到着した翌朝。
彼は調理場で砂糖瓶を抱きしめながら宣言した。
「よし!まずは簡単で失敗が少ない“ホットケーキ”から始めましょう!!これは砂糖菓子の基礎、基礎の中の基礎です!!」
ミュネと私は、期待のまなざしで彼を見つめた。
ティロは胸を張る。
「必要なのは……小麦、砂糖、卵、牛乳!!
さっそく生地を――」
そこで、ティロの手が止まった。
「……卵、どこですか?」
「え?」
「鶏卵です!ホットケーキに必須の!」
ミュネが申し訳なさそうに耳を倒す。
「にゃ……卵……貴族料理でもほとんど使わないので……買うにも“そもそも売ってない”ですにゃ……」
ティロ「えっ」
私「……うち、鶏……いないわよね?」
ルードさんを呼ぶ。
「姫様……我が領地には“卵を安定的に産む家禽”はおりません……。野鳥はいますが、家畜としては扱われておらず……」
ティロ、崩れ落ちる。
「た、卵がないと……ホットケーキどころか、プリン、カスタード、焼き菓子も何もかも……!!」
ミュネがさらに追い打ちをかける。
「牛乳も……“牛”がほとんどいないので……にゃ……いるのは荷物運び用の雄ばかりで……搾る対象がいません……」
ティロ「ぎゃああああああああ!!」
(わかる……叫びたい気持ち……)
私は思わず頭を抱えた。
「デザート……想像以上にハードル高くない……!?」
■ ■ 緊急招集、商人オットー!
私はすぐに商人オットーを領主館に呼び出した。
「卵を産む鶏種、牛乳の出る雌牛、飼育施設、世話係……急ぎ調達できる物と、人材の紹介をお願いしたいの!」
商人オットーは少し考え込み、答えた。
「鶏は隣領から“丈夫な地鶏種”を買い付けられます。十日ほどかかりますが……」
「牛は……これは時間がかかりますな。手に入れるなら、王都の家畜市か……牧畜で有名な西方の商団から。こちらも日数は必要です」
(なるほど、家畜そのものが貴重なんだ……)
「飼育施設は……家畜小屋の建設が必要だ。
職人を派遣すれば三日ほどで小規模のものは建てられます」
ミュネが胸を熱くして言う。
「ひ、姫様……これで……奥様のスイーツ夢も……にゃ……」
ティロも目を輝かせた。
「卵と牛乳が揃えば……!なんでもできます!!なんでも!!」
(うん……なんでもやる前に焦がさない練習をしようね)
私は力強く頷いた。
「じゃあすぐ手配をお願い」
商人たちが深く頭を下げ、駆け出していく。
──が。
その直後。
館中に響き渡る、厳かな声が聞こえた。
「封緘使──到着!!」
空気が凍る。
■ ■ 封緘使、来る。
玄関の大扉が開くと――
青のマントを纏った騎士団数名と、その中心に立つ一人の人物。
黒を基調とした礼装、王家紋章入りの封印箱。
“国家機密扱いの案件”にのみ派遣される存在。
封緘使。
王家直轄の監察官にして、情報と機密の番人。
彼は深々と礼をした。
「領主家ご令嬢。王家より、透明樹液板と砂糖精製の調査を拝命して参りました」
ミュネは緊張で耳がピーン。
ティロは「ひえぇ……」と小声で震え。
ルードさんは顔色が完全に仕事モード。
私は背筋を伸ばし、応対した。
「遠路はるばる、ようこそ。透明樹液と砂糖、何でもお見せします。遠慮なくお尋ねください」
封緘使は静かに頷き、淡々と言った。
「ありがとうございます。しかし──まず確認したいことがございます」
「なんでしょう?」
彼の視線が調理場方向へ向く。
「この領地で“砂糖を用いた菓子作り”が行われているとの報がありましたが……その材料の確保状況は?」
(……材料、足りてないタイミングで来るの!?)
ティロとミュネが同時に叫びそうになるのを私は手で制した。
「ええ、その件も含めて説明したいことがあります。材料不足、家畜の導入、そして……
砂糖を無駄にしないスイーツ研究体制について」
封緘使は静かに目を細める。
「……どうやら、こちらの領地は我々が想像していた以上に“本気”のようだ」
その表情は──興味と警戒が半々。
こうして。
透明樹液板、砂糖精製、家畜導入、スイーツ計画。すべてを巻き込んだ大プロジェクトは、ついに王家の監査官を巻き込む段階に突入したのだった。




