王家の驚愕と、菓子職人の来訪──静かに動き始める甘い革命
王家へ“透明樹液板セット”と“白砂糖もどき”を献上して三日後。領地に、一通の返書が届いた。
封には王家の紋章。文官ルードが息を呑む。
「ひ、姫様……王家からの返信でございます」
「もう……!?」
早すぎる。だが、透明樹液と砂糖の価値を考えると──当然かもしれない。
ルードが手袋をはめ、緊張しながら封を切る。中には二枚の書状が入っていた。
一枚目は、研究班から。
『透明樹液板、ならびに彩色板。強度・加工性ともに“未知の可能性あり”と評価。王立研究所にて正式調査を開始したい。生産体制の概要提示を求む』
続く二枚目は、王族直筆と思われる丁寧な文。
『砂糖の精製成功、まこと驚嘆すべき報である。甘味料は政治・軍事・経済の観点から極めて重要。追って王都より“封緘使”を派遣する。文化技術としての菓子制作に関しても、危機管理を含めて協議したい』
ルードはごくりと唾を飲んだ。
「こ、これは……姫様……王家は本気です。特に“封緘使”を送るとは……国家的に極秘扱いとする意思表示……!」
(だよね。砂糖なんて、下手すると戦争の火種になりかねないし)
私は深く息を吸った。
「王家が正式に動いてくれたなら……こっちも次に進まないとね」
そう言った瞬間――
コンコン。
扉が叩かれ、ミュネがぴょこっと顔を覗かせた。
「ひ、姫様……お客様が来ておりますにゃ……」
「誰?」
「例の……菓子職人候補の方ですにゃ!」
■ ■ 菓子職人、到着す。
案内されてきたのは、二十代半ばほどの若い男。髪は少しぼさっとしていて、服は質素。だけど目だけは驚くほど真剣だった。
「はじめまして! 元王都パン工房職人、ティロと申します!」
声がよく通る。だがその直後、彼は深く頭を下げた。
「まさか……本当に砂糖を精製した領地があるなんて……!それを扱える可能性があるなんて……光栄すぎて……震えが止まりません!!」
(パン工房では出世できなかったって聞いたけど……この熱量、むしろ才能の塊では?)
ルードが彼に念押しするように口を開いた。
「ティロ殿。ここで扱う砂糖は“国家機密”です。外部への漏洩は、たとえあなたの家族であっても許されません」
ティロは真剣な眼差しで、胸に拳を当てた。
「誓います!砂糖を扱えるだけで……職人としての夢がもう一度蘇るんです!絶対に、命を賭けても守ります!」
(……よし。この人なら信頼していいかも)
私は笑顔で手を差し出した。
「ようこそティロ。私たちと一緒に、美味しいスイーツを作りましょう」
ティロの目がうるっと濡れた。
「は、はいっ……!夢みたいです……!」
その時、ミュネが控えめに耳を下げて言った。
「ですが……姫様……問題がひとつ……」
「問題?」
ミュネが、昨夜の“母上のやらかし”を思い出すように顔を引きつらせる。
「砂糖……奥様が“追加で作ろうとして”……
二瓶ほど、黒い炭になりましたにゃ……」
ティロ「ふぇっ!?!?!?」
私は天を仰いだ。
(母上……!!)
■ ■ 一方その頃、王都。
献上品を受け取った王家研究班は、興奮の渦中にあった。
「この透明樹液板……精度が高い!」
「この青色……染料を混ぜた?それとも特殊処理?」
「砂糖……これ本当に甜菜から……?どうやって純度を……?」
そして王族側の重臣たちは、さらに深刻な表情をしていた。
「透明樹液板は……軍事利用も可能では?」
「軽く、加工しやすく、丈夫……盾に?いや、光学器具の基盤にも……」
「砂糖の精製は……諸外国の商会が黙っていないぞ」
「封緘使の派遣は急げ。この領地……下手をすれば他国に狙われる」
緊張と期待。不安と興奮。
そのすべてが入り混じった会議が、夜遅くまで続いた。
(こちらの世界の文明レベルで砂糖と透明板……それは、歴史が動くレベルの衝撃だった)
――王家側も、領地側も。
すべてが水面下で急速に動き始めていた。
■ ■ 夜、領主館。
ティロが調理場をじっと見回していた。
「ここで……砂糖を……!ここで……スイーツを……!!」
ミュネが申し訳なさそうに隣に立つ。
「どうか……奥様が来る前に……何とか基礎を……にゃ……でないとまた……焦げと爆発が……」
ティロは拳を強く握った。
「任せてください!!俺、今日から寝ずにでも練習します!!“焦がさない”ところから手伝います!!」
(ああ……この子、本当にいい子……!)
こうして――
王家が動き、菓子職人が来て、
領地の“甘い革命”の第一歩は静かに踏み出された。




