スイーツ職人を求めて──砂糖と透明板の“先行献上作戦”
透明樹液板の色付き試作品が完成した翌朝。
私は執務室で、文官ルードさん、職人代表、そしてメイドのミュネと並んで座っていた。
机には――
・透明樹液板(無色)
・青・紅・緑の色付き板
・砂糖(白砂糖もどき小瓶)
これらがきれいに並べられている。
「これが……王家へ送る“先行献上品”となります」
ルードさんがうやうやしく言う。
私はこくりと頷いた。
「透明樹液の可能性、そして砂糖精製の成功……。両方とも領地の未来に関わる大事な産業。まずは王家の研究班に“価値”と“用途”を判断してもらうのが先よね」
「姫様の仰る通りでございます」
職人たちも誇らしげに胸を張った。
「この彩色板、本当に宝石みたいだ……王家もきっと驚くぞ!」
「砂糖も……甜菜からこれだけの純度を得られるとは……」
みんなの期待が膨らんでいく。
だが、その空気を破るように……
ミュネが控えめに咳払いした。
「ひ、姫様……その、スイーツの件なのですが……」
(あっ……来た)
私は昨夜の“修羅場キッチン”を思い出し、背筋に冷たい汗がにじむ。母上が砂糖を使って高級スイーツ作りに挑み──
見事に爆散し──調理場は焦げ・粉・涙の地獄と化した。
そう、母上は料理が壊滅的だったのだ。
ミュネが苦笑しながら言う。
「料理は普段、私が全て担当しておりますので……奥様は“ほとんど触られたことが無い”のですにゃ……」
「うん……昨日の惨状で気づいた……」
「わ、私も料理は得意ですが……スイーツはまた別でしてにゃ。焦がさない方法も、温度管理も、分量も……わからないことだらけで……」
ミュネは耳をしゅんと伏せて肩を落とす。
(いや、ミュネは悪くない。むしろ今まで領主家族全員分を作ってくれてたのがすごい)
私はそっと手を挙げた。
「ルードさん。スイーツ作りができる職人……過去に王都や周辺領地で、菓子職人として働いていた人、いないかしら?」
ルードさんは眉を上げる。
「菓子職人……でございますか?」
「ほんのマイナーでもいいの。砂糖が貴重だから、この世界じゃスイーツ文化はほぼ発展してない。だからこそ、“砂糖を無駄にしない作り方”がわかる人が必要なの」
ミュネも必死に頷く。
「お、奥様が……これ以上、焦がしたり爆発させたりしてしまう前に……!どうか……プロの方を……派遣して欲しいですにゃ……!」
(プロを呼ばないと母上の“国家反逆スイーツ”が発生してしまう……!)
ルードさんは腕を組み、深く考え込む。
「確かに……砂糖は今や国家機密扱い。しかし……王家への先行献上をする以上、“次の工程”として菓子作りの研究を始めるのは正しい判断」
「では、派遣できそうな人はいる?」
「候補は……います。王都の老舗パン工房に“砂糖を少量だけ扱ったことがある”若い職人がおりまして……。パン工房では出世できず辞めてしまったのですが……技術の芽はある、と評判でした」
「その人を呼べる?」
「はい。ただし……」
ルードの表情が引き締まった。
「派遣にあたり、“砂糖と透明樹液板の件は極秘”と誓約してもらう必要があります。国家機密を扱う以上、軽々しく呼ぶわけには……」
「当然よ。でも、そのくらいの価値はあると思う」
私は机の上の透明板と砂糖瓶に視線を落とす。
(この二つが……領地の未来を変える)
「では姫様。王家へ献上品を送った後、菓子職人派遣の正式要請を文書にて提出します」
「お願いするわ、ルードさん」
ルードは深々と頭を下げた。
「畏まりました」
■ そしてその日の夜。
私はそっと母上の部屋を訪れた。
母上はちょこんと椅子に座り、しゅんとうなだれていた。
「……砂糖、焦がしちゃったわ……」
「ううん、いいの。むしろ砂糖を作れただけでもすごいよ」
私が微笑むと、母上は少しだけ顔を上げた。
「それに……菓子職人を呼ぶよう文官さんにお願いしたの。一緒にスイーツ作りを学べば……きっと王都の奥方なんて目じゃないわ!」
母上の目が、ぱぁっと輝きを取り戻す。
「ほ、ほんとう……!?わ、私でも……美味しいお菓子を作れるようになる……?」
「もちろん!だって母上、あんなに頑張って砂糖を精製したんだもの。次は一緒に、ちゃんと成功させよう?」
母上は涙ぐみながら、強く頷いた。
「うんっ……!次こそ……王都の奥方をあっと言わせてやるわ!!」
(うん、その意気。でもまずは焦がさないところから……)
こうして――
透明樹液板の革命と砂糖の精製成功、そして母上のスイーツ奮闘。
すべてを未来に繋げるための、「王家への先行献上作戦」 が静かに動き出したのだった。




