それでも領地は守られている
朝の報告は、いつも通りだった。
被害報告、ゼロ。
衝突、なし。
規則違反、軽微。
外部からの干渉、確認されず。
フィリアは、その一覧を黙って見下ろしていた。
「……今日も、問題なし」
言葉にすると、少しだけ実感が薄れる。
数字は正確だ。
記録は整っている。
現場確認も、すべて一致している。
誰も困っていない。
誰も泣いていない。
誰も、声を荒げていない。
「領地としては……完璧、なのよね」
隣でじいじが、うなずく。
「被害が出ておらん。崩れてもおらん。反乱の芽も、見当たらん」
「……うん」
「領主としては、これ以上ない成果じゃ」
それは、否定できなかった。
■成功している現実
市場は回っている。
食料は足りている。
医療は機能し、教育は根付き始めた。
原種区画も、守られている。
外部との線は、越えられていない。
内部の秩序も、崩れていない。
「全部、守れてる……」
フィリアは、自分の手を見た。
小さな手。
それでも、ここまでを動かしてきた手。
(間違ってない)
少なくとも、結果はそう言っている。
■誰も責められない
問題がない以上、誰かを責める理由も、存在しない。
職員は職務を果たした。
管理者は規則を守った。
住民も、線を理解している。
「誰も、悪くない」
それは、事実だった。
「……うん。悪くない」
繰り返すほどに、その言葉は、重くなる。
■それでも
午後、巡回の途中。
子どもたちが笑っていた。
職人が仕事に集中していた。
医療所では、軽い怪我がすぐ処置されていた。
平和だ。
本当に、平和だ。
「……ねえ、じいじ」
「なんじゃ」
「この領地、今――“失敗してる部分”って、あると思う?」
じいじは、少し考えてから答えた。
「表に出とる限りは、ないな」
「……だよね」
「ただし」
「?」
「“成功している”という事実は、必ずしも“すべてが見えている”という意味ではない」
フィリアは、足を止めた。
■守られている、という事実
被害は出ていない。
崩壊もない。
反乱もない。
領地は、確かに守られている。
「……それでも」
フィリアは、胸の奥の、言葉にならない感覚を探した。
何かが、欠けている。
でも、それは数字にならない。
記録にも、報告にも、残らない。
(守れている、のに)
(……何を?)
答えは、まだ出ない。
ただ一つ確かなのは――
「……私は、ちゃんとやってる」
それだけは、否定できなかった。
成功している現実。
被害ゼロの結果。
誰も悪くない結論。
その上に、静かに積もる違和感だけが、
まだ、名前を持たずに残っていた。




