線は、誰のために引かれたのか
夜。
執務室の灯りは、もう一つだけになっていた。
机の上には、報告書。
数字。
規則書。
例外規定の付録。
すべて、きれいに揃っている。
「……合ってる」
フィリアは、小さく呟いた。
収支は健全。
医療は機能している。
教育も回っている。
原種管理区画への侵入は、記録上ゼロ。
対外的な圧力も、規定通り処理されている。
「……完璧、なんだよね」
それが、逆におかしい。
フィリアは椅子にもたれ、天井を見上げた。
■線を引いた理由
最初に線を引いたのは――
“守るため”だった。
外から奪われないように。
知られすぎないように。
混乱を起こさないように。
例外を作らない。
感情を挟まない。
すべてを制度で処理する。
(……正しい)
少なくとも、当時は。
「外敵のため?」
違う。
「内部のため?」
それも、半分は正しい。
でも。
フィリアは、胸の奥に引っかかる感覚を、指でなぞるように考えた。
(……私のため、でもあった)
迷わないため。
悩まないため。
決断を個人の感情にしないため。
“領主フィリア”が壊れないように。
■強すぎる仕組み
制度は、人を守る。
でも同時に――
人を、押し出す。
規定に当てはまらないもの。
数値にならない違和感。
正式な申請にならない“声”。
「……落ちた?」
守ったからこそ、見えなくなったもの。
線の内側は、完璧だ。
線の外側は――
そもそも、記録されない。
「誰も悪くない、って結論……」
それは、制度の中だけの話だったのかもしれない。
■問いが、戻ってくる
フィリアは、静かに目を閉じた。
「……この線は」
誰のために引かれたのか。
外敵を防ぐため?
内部を守るため?
それとも――
(……私が、楽でいるため?)
答えは、まだ出ない。
でも。
“声”が、制度の外に落ちた可能性。
記録に残らない違和感。
誰も悪くないのに、辻褄が合わなくなる現象。
それらが、一本の線で繋がり始めていた。
■気づいてしまったこと
フィリアは、ゆっくりと立ち上がった。
「……線は、引き直せる」
でも――
引き直すということは。
迷うということ。
判断を、再び“人”に戻すということ。
「……それが、領主の仕事か」
窓の外は、静かな夜だった。
守られている領地。
壊れていない日常。
何も起きていない、はずの世界。
それでも。
フィリアは、確信していた。
線は、問い始めた者の前にしか現れない。
そして今――
その問いは、確実に彼女の中にあった。




