勧誘
「……それで、『才進会』というのは異能の制御と強化によって能力者の生活向上を支援する団体である、と」
「そういうことになりますね」
俺の言葉に、端的な説明ありがとう、とでも言いたげな満足そうな目をする東雲。
自身の念動力を見せてから、東雲はパンフレットを広げながら才進会の活動内容と実績について語り続けていた。東雲の真剣な目付きと、その熱意の籠った弁舌のおかげで、彼の話に対する俺の認識は「悪徳商法」から「部活の勧誘」に改められていた。気が付けば小一時間ほど時が過ぎていて、そろそろ店員に長居を嫌がられるのではと気になり出す。
「で、どうですか。これでも興味が湧きませんか」
東雲が期待に満ちた目で此方を見てくる。
正直、興味がないわけではない。強化は兎も角、能力制御の向上は「普通」を渇望する自分にとって、かなり魅力的なことだ。ただ、まだ彼や団体のことを完全に信用したわけではないし、何より、能力の秘匿のために他人との交流を避けてきた自分にとって、サークルへの参加というのは少々ハードルが高い気がしていた。考え込む俺を見て、東雲が言う。
「まあ、無理強いするつもりはありませんよ。今すぐ決断してほしいと言うつもりもありません。入会したくなったらいつでも連絡してください」
彼はパンフレットに記載された連絡先を指でトントンと示す。
「さて、あまりお引き留めするのも申し訳ないですし、お話はここまでにしましょうか。あ、ここは俺が持ちますよ」
そう言って、東雲が伝票を摘まみ上げる。あれだけ熱心に誘っていた割に、引き際は案外あっさりとしている。
「あの、まだ聞いていないことがあるんですけど」
「何でしょう?」
「俺のこと、どうやって調べたんですか」
ここに来てから最初の質問の答えを、まだ聞いていない。
「ああ、それは……。詳細は説明が難しいので省きますが、仲間に手伝ってもらったんです。一応、俺たちは能力者の集団なので。情報収集が得意な者もいるんですよ」
大方予想はついていた回答だったが、あまり良い気分ではないので顔を顰める。
「ご不快ですよね。すみません。でも、どうしても貴方に会いたかったから」
東雲が申し訳なさそうに眉を下げる。
「では、会計してきますね」
スタスタとレジへ向かって行く。俺は荷物を纏めて、一足先に店の外に出た。今日も西日が眩しい。間もなくして東雲も店から出てきた。
「ありがとうございます。ご馳走様でした」
飲み物二人分とはいえ、高校生にはそれなりの出費だ。彼がバイトでもしているのなら別の話かもしれないが。無理に連れられて来たとはいっても、少々申し訳ない。それに何にせよ、ご馳走になったのだからお礼は伝えるべきだ。
「いえいえ。俺の我儘に付き合っていただいたんですから、当然ですよ」
ほんの一瞬の瞠目の後、ふふ、と声を漏らす東雲。礼を言われたのが意外だったのだろうか。
「学校の方へ戻られますよね?」
「ええ、まあ」
東雲に尋ねられて、俺は曖昧に答える。彼は続けて言った。
「俺も方向が同じなので、途中までご一緒させていただきますね」
俺は黙って頷き、歩き出す。道中、東雲から彼個人のメールアドレスを渡された。もし質問があれば彼に一報を、とのことだった。
高校の校舎が道の先に見えてきた頃、東雲が再び口を開いた。
「じゃあ、俺はこっちなので」
彼が指差した方向は、俺が通学に使用しているのとは反対の駅に続く道だった。
「今日はありがとうございました」
東雲はそう言って会釈をする。俺も会釈で返し、彼の姿が路地を曲がって見えなくなるまで見送った。
そういえば、結局、彼に影響されて口調が砕けることはなかった。同い年との会話では珍しい気がする。まあ、どうでもいいことではあるのだが。
それから俺は、毎日の通学の時と同様に道を歩き、電車に乗って、降りて、また自宅までの道のりを歩いた。歩いているうちに、東雲と会っていた時の緊張感は薄れていき、また日常が戻ってくるのを感じた。この先、彼らからの接触がないとも限らないけれども、これから自分が東雲や才進会に連絡を取らなければ、このままいつもの日常が続いていくのだろう。それでも良い気もするし、それでは駄目な気もする。
ただ、ポケットの中でカサリと音を立てる、彼のアドレスの書かれた小さな紙片が、己を非日常へと誘うように、心を微かに擽っていた。




