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再会

 あの忌々しい事件から二週間が過ぎた。俺はあの後、自身の力のことで頭が一杯になってしまい、結局警察にカツアゲの件を通報せずに放置してしまっていた。誰にも怪我をさせてはいないとはいえ、自身の能力の件を話すのも躊躇われたのもその理由の一つだった。だが、他に被害者が出てはいけない。やはり今からでも相談という形で話すべきか……。

 そんなことをつらつらと考えているうちに、その日の授業が終わってしまった。

 悩むのも疲れたし、早く帰ろう……。

 通学鞄を肩に担いで校門を出る。すると周りの生徒の視線がちらちらと門柱に向いているのに気が付いた。つられてそちらを見やると、こことは違う学校の制服を着た男子学生が一人、柱に凭れるようにして立っていた。

「ん……?」

 その学生に見覚えがある気がしてじっと見つめていると、ぼんやりと周囲を眺めていたその学生が此方に顔を向けた。そして俺と視線がかち合った瞬間、にっこりと微笑んだ。直感で此奴はモテそうだと感じる、蠱惑的な笑みだった。

 背筋がぞわりとして動けずにいると、なんと彼の方から此方へ歩み寄ってきた。

「お久しぶりですね。京極勇護さん」

 そう言って再びにこりと笑う。

「あ……」

 サラサラとした黒髪にアシンメトリーな髪型。忘れもしない、あの時の青年だった。

「いやあ、すぐ見つかって良かったです。何日も張り込まないといけないかと思いましたよ」

 此奴、変な奴じゃなくて、危ない奴だったのか。何故か名前まで知られているし。もしやストーカーなのでは。家まで来られても困る。交番まで走ろう。

 そこまで考えると、俺は何も言わずに踵を返そうとした。逃げようとしていることに気が付いたのだろう、彼がそっと腕を掴んできた。

「怖がらせてしまってすみません。別に怪しい者じゃない……。いや、怪しいか。兎に角、貴方にお話があってきたんです。少し聞いてもらえませんか」

「話すことなんてないし、不審者には変わりないから離してください」

 こんな不審者相手に何故か敬語が崩せない。暫く押し問答をしていると周囲も異変を察知したようで、ざわざわと騒がしくなってきた。このままなら誰かに助けてもらえるかもしれないが、注目されるのも御免だ。痺れを切らし、離せ、と語気を荒げて言おうとした時、彼がちょいちょいと俺の袖を引いた。

「左手、また爆発しそうですよ」

「え」

 言われて手を見ると軽く火花が弾けていた。慌ててズボンのポケットに手を突っ込む。

「騒ぎになりたくないでしょう。場所を変えませんか。ね?」

 そう言って此方を見る彼はやはりあの笑顔をしていた。

 結局、平穏な学校生活を守ることを優先した俺は、彼に連れられて高校から少し離れたカフェに移動することになった。彼が選んだその店はこじんまりとしながらも洒落た明るい内装で、まさに喫茶店という雰囲気であった。センスがいい。デートにでも使っていそうだ、などと一瞬だけ警戒心を忘れて邪推をする。

「何にします?」

 席に着くとすぐ、彼はそう言いながらメニュー表を開いて手渡してきた。

 俺が適当に紅茶を選ぶと、彼は店員を呼んで自分の分の珈琲と共にそれを注文した。

「話はお茶を飲みながらで」

 そう言うと彼は黙り込んでしまい、俺も返す言葉がなくそれに倣った。

 自分たちの他には客は殆どおらず、何とも居心地の悪い沈黙が訪れる。

 その空気に耐え切れなくなった頃、ようやく焦げ茶のシンプルなエプロンを身に付けた店員が注文品を運んできてくれた。彼は軽く会釈をしてそれらを受け取る。そして店員が自分たちから離れたのを確認すると、彼は徐に口を開いた。

「さて、まずは自己紹介からですね」

 彼が薄く微笑む。

「俺は東雲亜紀と言います。年は貴方と同じ、高校二年生」

「ちょっと待ってください」

 俺は彼の言葉を遮った。

「どうして俺の名前や年齢を知っているんですか。気味悪いんですけど」

「まあまあ。疑問はごもっともですが、今は置いておいて。まずは話を聞いてくださいよ」

 妙に落ち着いた声で言われると、何だか従わなければならないような気になる。やたら大人びた口調の所為かもしれない。言いたいことは山ほどあったが、俺は一先ず口を噤んだ。

「では続けますね。俺はちょっとした活動をしていまして。これを見てほしいんです」

 東雲はそう言いながら彼の鞄をガサゴソと漁り、一枚の細長い紙を取り出してテーブルに置いて見せた。それは三つ折りのパンフレットで、簡素ではあるが安っぽくは感じさせない、どこか大手の企業が作成していることを思わせるようなデザインをしていた。そしてその中央には「才進会」という文字が大きく印字されている。塾にありそうな名前だ。

「才進会……?」

「そうです。俺はこのサークルに所属しています」

何かと思えば、怪しい勧誘話なわけか。分かった。なら断るまでだ。

「そうなんですね。でも、俺は興味ないんで」

「ははっ。京極さんは用心深いんですね。でも、これは貴方が思っているような勧誘ではないですよ」

 これで話を終わりにするつもりだったのに、あっさりと流されてしまった。此奴、相当手慣れてるんだな。同い年だというのに、何があったらそんな悪いバイトに引っ掛かるんだ。

「今、失礼なこと考えていませんか」

 俺の表情を読んだのか、東雲が困ったように笑う。

「闇バイトとかではありませんよ。俺は、ただ、貴方の力になれるかもしれないと思って声を掛けたんです」

「はい?」

「貴方、能力者でしょう。そして、その力を完全には制御できていない」

 能力のことを持ち出されて、俺は黙ってしまった。

「でももし、その力を劇的に制御できるようになると言われたら。或いは力を伸ばすことができると言われたら。どうしますか」

 東雲が真っ直ぐに此方を見つめる。茶化しているような雰囲気ではない。

「例えば、こんな風に」

 東雲が急に左手を構える。何かと思った瞬間、俺の通学鞄が宙に浮き、東雲目掛けて高速で飛んでいった。そして彼は掲げた手で鞄を掴み、それを振って見せる。

「な……」

 突然のことで思考が追いつかない。そのまま硬直していると、彼が続ける。

「足りませんか?」

 今度は俺と彼のカップが宙に浮く。それからまるで遊園地の乗り物のようにテーブルの上を二つのカップが回り始めた。まだ残っていた中身も零れることなく、カップは悠々と円を描く。

 サイコキネシス。やっと回り始めた頭が、以前に本で読んだその単語を捻り出す。此奴は。まさか。

「見ていただいた通り、俺も能力者なんです」

 ぐるぐると回っていたカップたちがゆっくりと元の位置に戻る。そこから目を離して東雲に視線を向けると、彼は柔らかく微笑んだ。

「俺、こういうことができるんですよ。才進会のおかげで」

 そう言って東雲はこの短時間で何度見たのか分からない笑顔を浮かべた。

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