ヒロインの登場②
「ちなみに胸に一輪花っていうのは愛の告白な意味もあるけど、もうひとつあってさ。バッドエンドでヒロインに毒花を渡したり、キャラによってはナイフで胸を突き刺したりして、『胸に赤い花が咲いて、散った』みたいなテキストが出て終わったりするんだよ。ダブルミーニングってやつだね」
「未成年のプレイヤーにトラウマを植え付けていないか、俺は心配だよ」
「いちおうR15で、十五歳未満の方はやっちゃダメってなってるから大丈夫だと思う」
そういう問題じゃない。
「ちょっと待った、お兄ちゃん、こっち隠れて!」
いきなり腕を引かれ、校舎の影に隠れさせられた。
「なんだよ、いきなり」
「リリカがいるの。攻略対象と一緒だよ。わー、ゲームのスチルで見たやつだー。リアル映像だよー、キャー、すごーい」
「攻略対象?」
声を抑えて興奮している妹の頭越しにその先を覗くと、制服姿の男女がいる。
ピンク色のおかっぱ――じゃなくて、ああいうのはボブカットっていうんだっけ? 肩にちょっとつくぐらいの長さの髪型をした小柄な女の子。たしかに殿下を訪ねてきた子だ。
男のほうはといえば、こちらも見知った相手。
「あいつも攻略対象だったのか」
「そうだよ、アクラム・イスマーイール。他国からの留学生って言ってるけど、じつは王子さまっていう。このゲームのヒーローはW王子体制なんだよねー。ラルフレイルは正統派王子ってかんじだけど、アクラムはチャラ男系で、でも自分の国にはいない光魔法の少女に惹かれるの。アクラムの国は太陽神を崇めてるから、ヒロインは光の女神ってかんじだよ。最初はそれこそ『おもしれー女』枠でちょっかいかけてるだけなんだけど、だんだん本気になっちゃうパターンね。俺様系でもあって、あたしはそういう野獣系の男キャラは好きくないからあんまりハマらなかったけど、ヒロインに惚れてヘタレになっちゃうところは、お約束とはいえ、いいよねえ」
オタクというのは好きなジャンルに対して、口早く饒舌になるものだなあ。
ペラペラと説明を始めた妹を呆れ顔で眺めつつ、俺は俺で考える。
アクラムはたしかに王子だ。
しかしそれは外交上あきらかにはしておらず、身分を知っているのは学院長と、生徒の中では我が国の王子であるラルフレイルぐらい。
宰相のご子息であるルスターは、優秀なんだがちょっとばかり頭でっかちで、融通が効かないところがある。露骨に態度に出そうなので、国家間の関係悪化を防ぐためにも秘密にしている次第である。
そういう状況で、俺がそのトップシークレットを知っているのもどうかと思うんだけど、ラルフレイルとは幼いころからの友人関係にあり、なぜか国王からも「愚息と仲良くしてやってくれ」とか直々に言われちゃったりしているもんだから、共有されてしまっていた。
個人情報保護が叫ばれる世界で社会人を経験しているので、自分で言うのもなんだが、くちは固いほうだと思う。
アクラム殿下の国・イスマーイールは、前世でいうところの中東系国家。黒髪の褐色肌に金色の瞳をしている、野性味あふれる俺様系のイケメンだ。
妹が言うように軟派な雰囲気がある奴で、女子との付き合いは、広く浅くってかんじがする。
そういった気質を嫌うご令嬢もいれば、我こそは唯一の恋人になれると野心を持つご令嬢もいるわけで。貞淑だの淑女だといわれるけど、肉食系女子ってのも中にはいるもんだよな。
イスマーイールは一夫多妻が認められているし、後宮もある。妻が多い=養える財力を持っているって意味なので、玉の輿に乗りたい気持ちがあって、第〇夫人とかいう立場を許容できるのであれば、それもいいんじゃないかなと思うよ。俺は好きな子はひとりで、彼女に一途でありたいけどさ。
しょせんは他所の国の事情だし、生まれながらに根付いている文化を否定はしない。
「リリカは俺様王子ルートなのかなあ。どう思う、お兄ちゃん」
「おまえな、他人の恋愛にくちを挟むとか、野暮だぞ」
「だってリリカの恋愛対象が誰なのかによって、お兄ちゃんの未来が変わるんだもん」
「そうかそうか、俺の未来を心配してくれているわけだな」
「ち、っがうし! だってほら、お兄ちゃんが女の子にモテない君でずっと家にいたら、いつか美由にカレシができたときとか大変だなって思うだけだし、それだけだし! でもべつにお兄ちゃんがぼっちでこの先ずっと彼女できなくても美由がちゃんとお世話してあげるから全然だいじょうぶだし! よろこんでとかじゃなくて仕方なくなんだから! 可哀そうだから、一緒にいてあげるだけなんだから!」
顔を赤くしてそんなことを言い始める妹、バカ可愛くない?
笑ってしまいそうになるのをなんとか堪える。いつのまにか名前が前世のに戻っているし、こいつが自分のことを名前で呼ぶのは図星を突かれて慌てているときなのだと、俺は知っている。
ああ、美由だなあ……と思う。
本当の本当に、俺の妹は、今も昔も、変わらずにずっと『俺の妹』なのだ。