求め続けたハッピーエンドを②
「あそこです」
「案内ありがとう、助かったよパジェットくん」
「いえ――あの、大丈夫ですか? もし揉め事に発展するようなことがあれば、騎士団のほうへお声掛けいただければ対応しますので」
学年が上がり、パジェットくんは学外活動の一環として、王都内の騎士隊で短時間だけ仕事をしている。ようするにアルバイトだ。
いずれ騎士を目指すにあたり、平民の彼ではいろいろと不利な面も多い。
だから実績作りを兼ねて、そういった活動をすることを勧めたのだ。学院に申請さえすれば、バイトは可能なのである。
ラザフォード侯爵家でのお食事会に何度か参加しているアルケット兄妹は、くー子が東方由来の料理に並々ならぬ思いを抱いていることを知っており、だからこそ、今回の食堂開店も教えてくれた。ここに来て突然現れたライバルと思しき存在に、くー子が憔悴していることを察して、心配してくれている。
うん、いい奴だよパジェットくん。ミレイユとたまにデートしているのは知ってるんだが、いつになったら挨拶してくれるんだろうなあ、兄ちゃんは待ってるんだが。
いや、あの妹のことだから、「べつにお付き合いとかそんなんじゃないしっっ」とか言っているのかもしれないけど……。
変なところで意地っ張りだからなあ、あいつ。
妹がすまんなパジェットくん。見捨てないでやってくれると嬉しいよ。
店構えはいたって普通だった。和風建築に寄せているということもない、ローズメアの王都に溶け込んだ風合いの店舗。もともと飲食店をしていたという建物を居抜きで購入――というか借りていると聞いた。
横開きの引き戸。入口にはカフェカーテンのような丈の無地の布が掛かっていて、さながら暖簾のようでもある。
くー子がぎゅっと俺の袖を掴んで引いた。
安心させるようにその手に触れて、大きく頷いて見せる。さあ、行くか。
店はプレオープン中。
商工会を通じた客だけが入店できる期間だそうで、俺たちも優待券を持参している。本当にアルケット商会様様だ。
客の姿はない。
小規模の店舗。カウンターテーブルの向こうが厨房になっていて、店主が料理を作っている背中が見える。
入店した俺たちを迎えたのは女性だった。年の頃は俺たちの母親世代。夫婦で経営しているといっていたので、このひとが妻だろう。
シンプルなブラウスにスカート。清潔そうなエプロンをつけていて、飲食店らしく髪はきれいにまとめてある。黒髪に焦げ茶色の瞳。アジア系の面立ちのせいかどこかなつかしく、親近感が湧いた。
優待券を渡すと一瞬、はっとしたような顔をされた。
記名が必要だったので書いたが、家名は省略しているので、これを見ただけで貴族だとは気づかれないとは思うんだが。
表情を改めた店員に促され、壁際の席につく。
「メニューなんですが、一種類しか提供していないんです。まずは味を知っていただく目的ですので」
「それでかまいません」
茶碗に盛られた白米、味噌汁、切り身の魚、小鉢には野菜。それらがひとつの盆に配置され、フォークとナイフ、そして箸が一膳。
両手を合わせたのち、くー子をまず味噌汁を持った。
意を決したようにくちをつけ、こくりと呑み込んだあと、ほうっと息を吐く。
「……おとうさんのお味噌汁だあ」
呟いて、ほろりと涙を落とした。
俺の出したハンカチをそのまま目尻に押し当てて、しばらく泣いている。
すると厨房から店主と思われる男が現れた。
そりゃそうだろう。料理を食べた客が泣き出したんだ。なにか不手際があったかと対応に出てくるはずだ。
はたしてこの男は、くー子の前世の父親なのだろうか。
こいつの舌が間違えるわけはないと思うけれど、だからといって彼がすべてを憶えているとは限らない。料理の味つけだけを記憶している可能性だってあるわけだしな。
俺がまず口火を切ろうとしたところ、店主がくー子に向かって言った。
「旨いか」
「……うん」
「アルケット商会の娘さんに話を聞いてから、ずっと待っていた。来るの遅ぇぞ久美子」
「お、おどうざあーん」
うえーんと子どもみたいに泣き出したくー子の頭を、店主ががしがしと撫でているのを呆然と見る。
え、つまり、マジでそういうことなのか?
「で。おまえ優志か。そうなんだろう?」
「あ、うん、そうだけど」
それ以外の返答は許さんという圧に、俺がうなずく。
すると今度は店員の女性が泣き出した。
え、なんで?
「優くん……、元気で、生きていてくれてよかった」
「――まさか、母さんなの?」
前世の俺の母親が、箸本のおじさんと夫婦になってる?
想定外の事態に言葉を失う俺に、おじさんが言った。
「優志、おまえの母ちゃん、俺にくれないか」
「――もう手に入れてるんじゃん」
「けじめはいるだろう、けじめは」
おじさんの目がぎろりと光る。
ああ、わかったよ、おっちゃん。
俺だって言うべきことがある。
ずっと言いたくても言えなかったことがあるんだ。
「おじさん、俺、久美子のことが好きなんだ。結婚してもいいかな」
「言うのが遅ぇんだよ、バカ野郎」
「それ、こっちの台詞なんだけど?」
しばしにらみ合って、そうして俺たちは笑った。母さんとくー子も、泣きながら笑った。
笑って、笑って、いっぱい話をして、たくさん食べた。
なつかしいはしもと食堂のご飯を、腹いっぱい食べた。
ラザフォード侯爵家が後見する東方料理店『ハシモト』がひっそりとオープンしたのは、それからすぐのこと。
外国から来たという黒髪の中年夫婦が営む小さな店内では時折、金色の髪をした若い娘の姿が見られるという。男性客が美人の看板娘に声をかけると、強面の店主が登場して追い出されるのが名物となっている。
仕事帰りの俺は、今日もその店を訪れる。
立ち寄ることは事前に伝えているので、たぶん彼女はいるだろう。
暖簾をくぐる。
店内に立ち入る。
金色の髪をすっきりとまとめ、シンプルなワンピースドレスを着た娘が笑みを浮かべた。
「いらっしゃい。おかえりなさい、ゆうちゃん」
「ただいま。腹減ったー。今日はなに?」
俺が求めたハッピーエンドが、ここにある。
これにて転生兄妹、完結です。
最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました!
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