交流会イベント②
「ラルフレイル殿下がなにをおっしゃっていたのか、気になるところですねフェシリダーテ姫」
「まあ、このような公衆の面前でつまびらかにしてよいのですか? わたし、こちらの国に来て、ユージーンさまとクリスティーヌさまの仲睦まじいご様子を、自分の目で見られること、楽しみにしておりましたけれど」
「いたって普通ですよ、我々は。ですよね、クリスティーヌ」
動向を見守っていたくー子の右手を取り、その甲にくちづける。そのまま手を引いて近くへ寄せて腰を抱き、体を密着させた。
びくりと体が跳ねたことがわかる。
視線を向けると、同じタイミングでくー子も俺を見上げていて目が合った。
思わず笑みが漏れる。
するとくー子はいつになく顔を赤くした。
「そういう可愛い顔は俺とふたりだけのときにしろよ」
「ゆ、ゆゆゆ、ゆーちゃ、ど、どど、どーしたの、しっかりしてよう」
「しっかりするのはおまえだろう」
いつもは気品ある侯爵令嬢顔を崩さないようにしているのに、完全に素が出ている。可愛い。だから、そういう態度は他の男がいる場所ではやってほしくないんだが。ほら、観衆のどこかから「クリスティーヌさまが可愛い」って言ってる声が聞こえるじゃないか。女子はいいけど男は許さん。
「見てのとおりだ」
「遅いですよ、ラルフレイル殿下」
「すまない、フェル。だが、ありがとう助かったよ」
生徒間の揉め事には介入しないようにしているラルフだが、さすがに見かねたらしい。
国内上位貴族――十侯爵家のうち、ふたつの侯爵家の令嬢が言い争っているのだ。その話題に自身の婚約問題が絡んでいるとあっては、くちを挟まないわけにはいかなくなった。
ダダ甘い空気を出しながら、ラルフがフェル姫の肩を公然と抱き寄せた。
こいつ、見せつけてやがる。
意外と気さくで接しやすい王女さまとして、フェル姫の名前が令息たちの話題にあがっていること、歯噛みしていたからなー。ここぞとばかりにアピールしているのだろう。
「両国の事情で進んでいなかったが、私、ラルフレイルとフェシリダーテ姫の婚約は、ようやく正式なものとなる。このような場で明かすつもりはなかったのだが、クリス嬢の名誉のためには些末なことだ」
「ラルフくん……」
「ありがとう。ユージーン、クリス嬢。私が元気でこの年齢まで生きてこられて、愛するフェルに出会うことができたのは、おまえたちのおかげだ」
「つまり殿下の妃はこちらのフェシリダーテ王女ということでしょうか」
確認するように問うたのはルスターだった。俺たちの近くにまで歩を進め、めずしく不服そうな表情を浮かべている。
「それにユージーン先輩とクリスティーヌ先輩も、そのようなご関係でいらしたとは存じませんでした。いったいいつから」
「ラルフレイル殿下の婚約者にはなれそうにないから、ユージーンさまと縁組をというわけですか? オルファン子爵家はラザフォード侯爵家のお抱えですものね」
すかさず発言したのはアリアーネ嬢。
この子のメンタルはなかなか強い。ルスターが場を収めようとして出てきたのは明白なのに、そこに頭を突っ込んで自分が主導権を握ってやろうと考えるとは。
これはもう我儘がすぎるとか、それ以前の問題だろう。世界は自分を中心にまわっているとでも思っているのか?
どうしたものかと思案していると、外野から声があがった。
「お言葉ですが、そのようなことはありません。お兄さまとクリスお姉さまの婚約は、ずっと昔から決まっていたことです。妹であるわたくしが証言いたします」
ミレイユだった。
我が妹が、貴族令嬢らしく毅然とした態度で宣言する。
「お兄さまたちの婚約は両家も、そして陛下も承認されていると父から聞き及んでおります。殿下の婚約が正式に決まるまでは周囲に明かせませんでしたが、ずっと仲むつまじく過ごしていたこと、わたくしは子どものころから見て知っていますわ」
子どものころ、っていうのは、たぶん前世のことを言っている。
このピンチを乗り切ろうという気持ちと、過去の――前世から胸に抱いてきた気持ちが重なって、いつになく熱の入った言葉だった。
ミレイユの弁に、令嬢たちが囁く。
秘めた恋。世間の事情で明かせないけれど、幼いころから温めていた関係。
切ない恋愛物語のようなそれは、年頃の少女たちの胸を撃ち抜いたらしい。
女の子はこういうの好きだよなー。
しかしただひとり、この空気に染まらない奴がいた。
アリアーネ嬢である。
「子爵令嬢の分際で、侯爵令嬢に意見を言うなんて。さすが成り上がり貴族は礼儀に欠けますわね。このような家を擁しているラザフォードも、程度が知れます。そう思いませんこと、皆さま」
鼻で嗤って周囲を見渡した。
たぶん、いつもなら追従する取り巻き令嬢たちがいたのだろう。しかし今は違う。
我が国の第一王子と他国の王女が、感謝の意を捧げているクリスティーヌ・ラザフォードを悪く言うなんて、そんな『国のトップの意見に反対します』宣言をする度胸、俺だってないよ。
同意を得るどころか遠巻きにされたことに気づいたアリアーネ嬢は、そこでようやく顔色を変える。
「なんで……、クリスティーヌは悪役令嬢なのに、なんでこっちが悪いみたいになってるのよ。しかもユージーンさまの婚約者になるとか、ずるいじゃん」
んん? ちょっと待て。今、悪役令嬢って言わなかったか? それって、まさか。
俺、フェル姫、リリカ嬢、そしてミレイユ。
転生組は視線を交わし合い、ため息を落とした。
マジかよ、またこのパターンかよ。本当にこの国は、異世界転生業者と癒着でもしてんのか?




