22 奇跡の百合と秘密の庭園①
いつものカフェ。その個室。
メンバーは俺、くー子、ミレイユ、フェル姫、そしてリリカ嬢。
そろそろ俺はカフェの店員に「このハーレム野郎め」とか思われているのではなかろうか。
やめてくれ、違うんだ。
秘密の会合場所を変更したいところではあるが、男子の俺は女子寮には立ち入れないし、生徒会室ってわけにもいかない。
学外に出られたらいいんだが、フェル姫の外出許可を得るのが少々面倒なのである。一国の王女だし。
「手紙に書いたけどね、リリカはやっぱり転生者だったよ、お兄ちゃん」
「そうか」
「誰ともカップルになるつもりはないんだって。これで安心だねお兄ちゃん。滅亡エンド回避だよ」
「そうかそうか。わかったからとりあえず喰え」
「うん」
好物の抹茶シフォンの皿を押しやると、フォークを片手に食べ始めた。ようやく静かになった。
唖然としているリリカ嬢に謝罪する。
「申し訳ない。妹はさぞうるさいだろう」
「いえ、見ていて楽しいですよ妹さん」
「そう言っていただけると。すでにお聞き及びかと思いますが、俺は河野優志と言います。ミレイユの兄です。今も昔も」
「ご挨拶をありがとうございます。私は松木里香です。クリスティーヌさんとお話をしてわかったんですが、たぶん、前世の私たちは同い年みたいですね。今は私のほうが年下ですが」
なるほど。道理で落ち着いているわけだ。フェル姫の前世もたしか二十歳を超えているはずだが、まあ、あれはいいとして。
あまり長居もできないので、さくさくと話を進めることにした。
本日の議題は、めざすべき未来について。
つまり、ゲームの終わらせ方だ。
「誰ともカップル成立がしない場合、ヒロインはどうなるんだ?」
「それまでに収集した要素によってエンディングは変わります」
普通に卒業してデヴィントン侯爵家の事業を手伝うパターンもあれば、学院に残るパターンもある。学院に残った場合も、奇跡の百合を咲かせているかどうかで分岐するらしい。
「リリカ嬢としては、攻略対象たちとどうこうなるつもりはないんだよな」
「ないですよ。ラルフレイルとユージーンは売約済のようですし、アクラムは好みじゃありません。ルスターはだってパワハラの気質があるわけじゃないですか、今は回避しても、そういう要素があるひとはちょっと無理です」
近しい知人として庇ってやりたい気持ちはあるんだが、リリカ嬢の言いたいこともわかる。前世の父親がDVモラハラ野郎だったこともあり、その片鱗を持つとわかっていれば、薦めたくはない。
「そういった中でいえばパジェットくんはまだまともな部類かもしれませんが、ミレイユちゃんに悪いですし」
「へあ!? なんであたし!?」
「え、お付き合いしているのでは?」
「そ、そそそそ、そんなのじゃないもんっ」
顔を赤くして妹が主張する。
兄としていろいろ気になるところだが、今は置いておこう。
リリカ嬢は続ける。
「あとタックスくんですが、あの子は年下なので」
「年下は駄目なのか?」
「私が普通に高校一年生ならべつにいいと思うんですけどね。でも、私の意識は二十代半ばなんですよ。さすがに十四歳の少年と恋愛はできませんよ。犯罪です」
正論だった。
たしかになー、日本で考えたら中学生だもんな。高校生ならいいのかっていうと判断が難しいが、義務教育中の生徒に大人が手を出すのは問題がありすぎると俺も思う。
「学院にある庭園の管理者ってことは、ラルフの従兄のシャルルさまだよな」
「え!?」
ゲームプレイ者たちに驚かれた。あれ? 知らなかったのか?
「ゲームには出てこない情報なのか?」
「出てこないですね。謎の青年で、先生でもないし、生徒でもない。色白でプラチナブロンドの長い髪の美形なので、じつは花の精霊じゃないのか説もありました」
「人間じゃないから攻略対象になってないんだな、みたいな」
「影ができてないから死んでるとかいう考察もありましたね」
さんざんな言いようだ。
「あのな、たしかにすごいイケメンだけど、普通に人間だからな、あのひと」
しかも王家の係累だ。
陛下の弟が公爵で、その家の末っ子だと聞いている。
病弱で寝台とお友達状態で育ったんだけど、その理由っていうのがラルフレイルと似ていて。彼は闇属性ではなく、光属性のほうで心身に異常をきたしていたようだ。
原因がわかって、症状の緩和ができて、起き上がれるようになったのは、俺が作った例の魔道具。
ラルフが元気になったあと、宮廷医師の誰かが思い至ったらしい。シャルル殿下もラルフレイル殿下と同じなのでは? と。
で、ひそかに魔道具を使ってみたところビンゴだった。
そのへんの話は、あとから聞いた。子どもの俺にはちょっと話が大きくなりすぎる事態なので、大人たちが秘匿したのだ。
秘匿というと言葉は悪いが、あの道具に関しては、ラルフの命を救った時点で俺の手を離れた。あとは国の研究機関で改良していいかと確認されて了承したんだよな。そのほうがいいと思ったし、魔道具の師匠である父もそれを薦めた。それでよかったと思っている。
まあ、そういった裏事情もあって、学院に入学したときにシャルルさまにお会いしたのだ。
ラルフは幼少期に回復したけれど、シャルルさまはそれよりも長く病に侵されていたので、完全無欠に元気いっぱいな健康体、とはいかないらしく。社交界でバリバリ働くのではなく、王族関係者が担っている『学院の庭園管理』を任されることになったという。
「すっごーい。そんな裏設定があったの、なんでもっと早く教えてくれないの、お兄ちゃん!」
「あのひとがゲーム関係者とか知らねーよ」
僕はあんまり目立たないほうがいいんだよねえ、とは本人の弁。
王家の血を引いていて、光属性で、男児。
健康体だったら、それこそ王太子に担ぎ出されかねない。
本人は望んでいないし、のんびり草木を愛でながら生活するほうが好きらしい。夢は『奇跡の百合を育てること』って、そういえば言っていたような。
「なあ、ゲームではさ、奇跡の百合を咲かせるのも重要イベントなんだよな」
「恋愛ゲームだから、作中ではそこまで大々的に扱ってはいないけどね。言っておくけど、奇跡の百合関連で一番関りが深い攻略対象、お兄ちゃんなんだからね」
「そうなのか?」
「うん。育成に協力するのは、土属性の魔術師であるユージーンさまだけ。他のひとは、直接手を貸したりしないよ」
「そういえば、ゲームでは俺たちの母親は病死しているって言ってたよな。だから協力を惜しまないんだな」
「たぶん、そういうことなんだと思う」
「でも、母さんは生きてる。無論、完治したわけじゃないから、奇跡の百合があるに越したことはない」
超回復アイテム、とかいうとロールプレイングゲームみたいだが、もともとこの世界自体が不可思議なんだ。いまさらである。
「そもそも、奇跡の百合を咲かせるってのは、どういう状態になることを言うんだ?」
「え、普通に種から育てて花が咲くんじゃないの?」
妹が首を傾げる。
いや、知らないのかよおまえ。
「そのあたり、詳細な説明はありません。本筋が恋愛ですから。ですが、奇跡の百合は物語の後半で咲く咲かないの話になりますので、いまからが本番ではないかと思います」
リリカ嬢が言うと、「あ……」とフェル姫が呟いた。全員の目が彼女に集中するなか、あっけらかんと笑う。
「もしかしたら、作れるかも。奇跡の百合」




