リリカの正体②
前世の私は、世間一般的に考えて、あんまり幸せな環境には育っていないと思います。
不幸自慢をするつもりはないし、もっと大変なひともたくさんいるでしょうが。
両親は揃っていたけれど、かなりの毒親。私に対する直接的な暴力はなかったけど、とにかく物に当たるし怒鳴り散らす。口撃というやつです。
私はいつも縮こまって暮らしていました。
親に対する口の利き方がなっていないと文句を言われ続けたせいでしょうか。私は親に対しても、こんなふうに丁寧口調で話すようになってしまいました。
まあ、それに関しては社会に出て働くようになって、「話し方が丁寧でいいね」って褒められたから、よかった――わけないですね、はい。怪我の功名とかそういう問題ではないです。
モンスタークレーマーな親の下、なんとか高校を卒業できました。親がアレなことをよくわかっていたベテランの先生のおかげで、私は離れた場所に就職。独り暮らしってこんなに静かで平穏なんだなってしみじみしました。
就職先は花屋さんです。
花はいいですね。文句を言いません。静かです。穏やかな空間です。和みますよね植物は。
訪れるお客さまも横柄な方はいらっしゃいませんので、私もビクビクせずに接客することができました。病院の近くという立地のおかげで繁盛していて、お店の経営も順調。
私の人生、ようやく平穏に、普通に巡っていくと思っていました。
しかしながら、毒親からは逃れられない運命なのでしょう。
突然やってきたうちの両親は借金の形に私を売りました。
夜の世界に、とかじゃないんです。どこかのおじさんの愛人枠だそうです。なにそれ、どこのメロドラマ? ってかんじですよね。
高級マンションの一室を用意されて、いつおじさんが現れるのかわからないという恐怖に怯えていたところ、訪ねてきたのはおじさんの奥さまでした。
このおじさん、愛人を囲うのは私がはじめてではなく、何度もやらかしているとのこと。
これまでは目をつぶってきたけれど、新しい相手は自分たちの娘より年下と聞けば、さすがに黙っていられない。
逃げなさい。
なら、「はい、ありがとうございます」だったんですけどね。
ええ、違いましたよ。
この泥棒猫、金がいくら欲しいんだ系のやつでした。
修羅場です。
タイミングよく、おじさん初来訪。
夫婦喧嘩はよそでやってくれませんか。私、完全な部外者なんですけど。
「よくわかっていないんですが、たぶん、おじさんはヤのつく反社会系のひとで。若い衆に拉致られて、暗い中、車が辿り着いたのは郊外の山中にあるダム的な――」
「リリカちゃん、もういいよ、言わなくていいからね」
背中をさすられてビクってなって、我に返りました。
すみません、闇落ちしてました。ドン引きですよね。
「すべてを憶えているわけではないんです。半分以上、他人事みたいな感覚になっていますし、今もまだ夢か現か分からないんです」
「ごめんなさい、思った以上にヘビーで、安易に訊こうとか思ってごめんねリリカ」
フェシリダーテ姫が頭を下げました。
ミレイユさんは青い顔をしています。こんな純粋そうな子に聞かせる話じゃなかったよね。
「ハッピーエンドだよ、リリカ! だってヒロインだもん、幸せなエンディングが待ってるはずだよ! お兄ちゃん以外だったら、誰のルートでもいいよ」
そこはゆずれないらしいミレイユさんが拳を握って熱弁。
と、言われましても、私は攻略対象とそういった関係になりたいとは思っていないのです。ヒロインのくせにね。
どうして私がヒロインなんでしょう。もっと色恋に積極的な、女子力の高い子のほうがふさわしいはずです。
「でも、イベントはこなしてたよね」
「それはですね、ガーデンを開放したかったからです。全員とのフラグが立たないと、あの庭園には行けませんよね」
「あー、なるほどね」
攻略対象五人と会い、全員とどっちつかずの状態になると、秘密の庭園に行けるようになります。そこには美しい庭師の青年がおりまして、彼が男性視点に立ったアドバイスをくれるのです。
プレイヤーが「むしろ、あなたを攻略できるルートはいつ開放されますか」と言ったとかなんとか。私もそのひとりでしょう。
「リリカは庭師狙いだったと」
「庭師さんは攻略対象ではないですが、誰ともカップルにならなければ、ヒロインは学院に残って奇跡の百合を育てるエンディングになりますよね。その場合、平和な就職先ですし、ヒーローたちも病みませんし」
卒業後、デヴィントン侯爵家のお世話にはなりたくないんです。
だってあの方、前世で私をマンションに囲うつもりだった、あの反社会組織系おじさんに似ているんですもの。私を拉致った若い衆をけしかけた『お嬢』とやらは、現在進行形で一年生女子を従えようとしてるデヴィントン侯爵令嬢に言動がそっくりですし。
今の環境、前世の修羅場を彷彿とさせて、もう絶望しかないんです。
逃げたい。全力ダッシュで逃げたい。
ヒーローにすがるのは嫌です。
だって一歩間違えればバッドエンドになるかもしれないじゃないですか。パワハラやら監禁やらストーカーやら、ろくでもないことばかりです。
アクラム・イスマーイール? 何股もかける男も御免こうむります。
「だから、誰とも親密になりきらず、ヒロインに対する好感度が動く最初のポイントに到達したら距離を置くようにしていました」
「それはそれで、すごいフラグ管理だ」
「必死だったので」
それはもうがんばりましたよ。私の未来がかかってますからね。バッドエンドは御免です。
意気込む私に、クリスティーヌさんが言いました。
「うん、わかったよ。リリカちゃんの今後については、なんとかできるよう、お父さまに相談するね。念のために確認するけど、デヴィントン侯爵家に恩義は――」
「ないです。私は、光属性者であるというだけの理由で侯爵に買われたので」
きっぱりと言い切ります。
たぶん、クリスティーヌさんが光属性の魔法を使えるということも、私が買われた理由のひとつ。
デヴィントンのお嬢さまは魔力弱いみたいでね。ラザフォード侯爵家が成功しているのは、娘が光属性だからだって思いこんで、とにかく探したみたいです。いいように使える平民ならなお良し、みたいな。
「安心してね。あなたはラザフォード侯爵家が守るから。これからは、無理やり誰かを好きになる必要なんてないんだよ」
悪役令嬢クリスティーヌは、そう言って穏やかに微笑みました。
なんでしょう、女神さまですか、このひと。
お優しい、こんなお姉さま欲しかった。
あとで前世の話を聞いてみると、なにげに同世代だったことが判明しました。
で、でも、今はほら、私の方が年下ですから。やっぱりお姉さまってことでお願いします。
ミレイユはゲームのファン、フェシリダーテはオタク。
リリカはその中間点、ぐらいの立ち位置です。




