21 リリカの正体①
突然呼び出しをくらったと思ったら、学院内でもお貴族さまたちがよく利用するお高いほうのカフェの個室でした。
そこには寮長であるラザフォード侯爵家のクリスティーヌと、二学期から編入してきたプリュイ王国のお姫さま・フェシリダーテ。
どういう組み合わせ? って思っていたら、お姫さまがとんでもないことを言ったのです。
「で、ぶっちゃけあなたって転生者なの?」
動揺しますよね、そりゃしますよ、するってもんですよ。
がんばって誤魔化そうとしたけど、このお姫さま、それを許してくれません。
「あ、今、目が泳いだよね。心当たりありますって顔だよね、それ。はい、けってーい。クリスティーヌさん、決まりだよこれ絶対」
「えーっとね、フェルちゃん。それはちょっと決めつけすぎじゃない、かなあ? リリカさん、困ってるよ? ねえ?」
「こういうのは畳みかけたほうがいいんですって。リリカさん、名前は? わたしは東幸美。こちらのクリスティーヌさんは、箸本久美子さん。はい、あなたは?」
「え、あ、はい、私は、松木里香です」
こんなかんじで白状させられました。
ええ、そうですよ、なんの因果かヒロインなんてものに転生してしまった冴えない女子が私です。
◇
場所を移しました。
カフェの個室でする話でもないっていうか、そこは長時間居座るには向いていないからって理由でした。
そこには同意します。ファストフード店やファミレスで、ドリンク一杯で居座ってるみたいで、ちょっとどうかと思いますよね。ああいうの私は苦手です。
それでもちょっとだけ、もったいなかったなーって気持ちが湧きました。
お高いカフェ、入ったことがなくって。お友達のナナちゃんとは、いつも普通のほうのカフェを利用するだけだったので。
私の貧乏心が見透かされたのでしょうか。クリスティーヌさまが持ち帰りを提案してくださったのです!
なんてお優しい。悪役令嬢とは思えないと常々思ってましたけど、中身が全然違っていたわけですね、理解しました。納得です。
そうしてやって来たのは、寮に配置されている特別室。
フェシリダーテ姫が滞在している部屋です。
さすが特別というだけあって、広い、綺麗! 一般生徒用の二人部屋とは大違い。
おしゃれなクロスが掛けられた大きなテーブルに、持ち帰ってきたケーキと焼き菓子を並べ、フェシリダーテ姫がポットとカップを持ってきました。さすが特別室だけあって、専用キッチンがあります。至れり尽くせりとはこのことですか。
感心していると、ピンポーンとチャイムの音。
「あ、ミユちゃんかな。はいはーい」
フェシリダーテ姫が扉に向かい、ドアスコープを覗いたあとで、招き入れます。
現れたのは、私と同じ一年生の女子でした。
アッシュブロンドのふわふわした髪。別のクラスだけど、見かけたことがある。知っているけど知らない子。あの魔術師ユージーンに妹がいたなんて、転生してはじめて知った情報ですよね。
「ミユちゃん、あちら松木里香さんだって」
「わー。やっぱりそうだったんだー。はじめまして。あたしは河野美由です」
「はあ……」
え、なんですかこれ。みんな外国人の顔しているのに、名前が日本人ってどういう状況ですか。
「ほらほら、松木さんが困ってるでしょう? まずは座って、お茶を飲みましょうね。松木さん、ケーキどれがいいかな」
「や、私は、どれでも」
「最初に選んでいいよー。あそこのカフェね、和スイーツを取り入れてるんだよー」
「わ、ほんとだ」
マロンクリームを絞ったモンブラン、抹茶クリームのショートケーキ。あ、これはたぶんスイートポテト。どれも美味しそう。
私はモンブランをいただくことにしました。
淹れてくれた飲み物はミルクティーかと思えば、あ、これほうじ茶。ほうじ茶ラテだ。美味しい! はあ、ほっとするー。
「落ち着いたかな?」
「はい、ありがとうございます。お気をつかわせてしまったようで」
「気にしないでいいよう。強引に話を進めたのはこっちだもの。フェルちゃん、すこしは遠慮しなさいねー」
「すまん。反省はしてるけど、後悔はしていない」
澄ました美人顔の悪役令嬢クリスティーヌが、ぽわぽわした調子でのんびりと話して、お人形みたいに可愛い美少女なお姫さまが、ドヤ顔で語る。
なにこれ、脳がバグるんですけど。
「くーお姉ちゃーん。マドレーヌ、こっちのマドレーヌも食べていい? 抹茶のやつー」
「食べすぎちゃ駄目だよー。夕ご飯、食べられなくなっちゃうよー」
「おやつは別腹だもーん」
ユージーンさまの妹も、なんかすごくざっくばらんに話してます。そのへんの女子高生みたいに。
いや、年齢的に普通に女子高生ですけどね。でもほら、中のひとの精神年齢は違うっていうのは、転生あるあるじゃないですか。私だって二十代半ばだったし。
「はいはーい、じゃあ、お夕飯までにはちゃっちゃと済ませとこう。まずは状況説明からね」
フェシリダーテ姫がそう言って、どうして私を呼び出すことになったのかを話してくれました。
なるほどです。ここまで転生者が揃っていれば、リリカ・マスデックが転生者かもしれないと考えても不思議ではないでしょうね。物語におけるセオリーですし。
「おもしろい状況ですね。まさか、『あなは』と『わたアト』がクロスオーバーする世界線があるとは思いませんでした」
「ねー。まさかのコラボ」
「わたアトのストーリーだと、主人公のフェシリダーテは、王にならなければそのまま国に残って研究を続けるかんじでしたが、国外に出るルートも存在したんですね」
「それね、ある意味ではバッドエンドだったわけよ」
「どういうことですか?」
「王にならなかった場合、たぶん私は監禁されて、国の発展のために研究をさせられる運命だったってことよ」
「監禁エンド!?」
なんですかそれ。あのゲームはもっと、ほのぼのとした世界観だったはずでは。
フェシリダーテ姫が言うには、精霊力がすべての、脳みそ筋肉ならぬ、脳みそ精霊力の世界。もっとも優れた術師を王に据えるために戦う、バトルロワイアル。なにそのハートフルボッコゲーム。
「怖すぎません??」
「もう必死よ。勝たないと生き残れないし、勝ったら勝ったで、おまえを王にさせるものかとばかりに命を狩りにくるんだから」
「よくぞ、御無事で……」
「それもこれも、ぜんぶ、ラルフレイル殿下のおかげなんだけどねー」
フェシリダーテ姫が頬を染めました。
あ、可愛い。すごく可愛い。ゲーム画面で見たあの可愛さがここにある。さっきまでただのオタクのひとだったのに。
「ラルフレイルが、別ゲームのヒロインと結ばれるエンドとかあるんですね」
「イレギュラーなことばっかりだよね。あ、そうだ、それを訊こうと思ってたんだった。松木さんは――」
「リリカでいいです。私だけ前世ネームっていうのも、ちょっと場違いといいますか、似たような名前ですし」
「そう? じゃあ遠慮なく。リリカは誰狙いなの?」
ハンターのようなことをおっしゃる。
私、そんなにガルガルしていましたか、そう見えましたか、そうですか、そうですよね、すみません。
「べつに謝ることなくない? とりあえず全員は登場させて、そこから誰ルートに絞るのか決めてもいいでしょ」
「……ゲームならともかくとして、現実的に考えると、それってただの八方美人っていうか、気のある素振りだけして、いざとなれば、そんなつもりなかったし、とか言って引くの、ひどくないですか? そのひどいことをやったのが私なんですが、すみません」
言っていて、どんどん落ち込んできました。
意図してやったとはいえ、冷静に考えるとやっぱり非道です。ヒロインっていうか、ヒドインです。
恋愛シュミレーションの主人公なんて総じてそんなものかもしれませんが。
「でも、理由があって、そうしていたんでしょう? 話してくれるかな? 困ってるなら協力できると思うんだよね」
「そうそう。あたしたちはハッピーエンドをめざしているの」
「ハッピーエンド。そこに辿り着くことができるんでしょうか……」
「できるよ。っていうか、そうするの。あたしは、あたしにとってのハッピーエンドをめざしてるから」
ユージーンさまの妹さんがそう言いました。
この子も既プレイ者みたいだし、となれば、お兄さんはヒロインと結ばれるエンディング――あ、ハッピーエンドのほうを望んでいるって、そういうことかもしれません。
おずおずと確認すると、あっさり首を振りました。
「ちがうよ。はじめはね、お兄ちゃんがユージーンさまだってわかったから、マッドサイエンティスト化を防ぐために、ヒロインには近づかないように! って言ったし」
滅亡エンドは避けたいですよね。全員が「死、まったなし」ですし。
「でも、ユージーンさまが、前世のあたしのお兄ちゃんだってわかって」
「――え?」
「そうこうしてたら、悪役令嬢のクリスティーヌが、前世で近所に住んでたお姉ちゃんだってわかって」
「――え?」
「そこであたしは決めたの。お兄ちゃんとお姉ちゃんを今度こそ結婚させようって!」
「――え?」
魔術師ユージーンと悪役令嬢クリスティーヌが結婚するエンディング?
「萌えるよね。わたしさー、ユークリ派だったの。ここは天国かって話だよ」
フェシリダーテ姫が両手を握り合わせて天に祈っているし、クリスティーヌは頬を赤く染めて「やだなあ、もう」とか言って恥じらっている。
なんですかこのカオス。
ここって本当に『あなは』の世界なんですか?
ということで、ゲームのヒロイン、リリカの事情説明回です。後編に続きます。




