メインヒーローの本気②
「……ときめき状態のラルフレイル、まじやばい」
フェル姫が机に突っ伏している。
「ときめき状態?」
「好感度が上がって、ヒロインのこと好きになっちゃってる状態のこと」
「なるほど。つまりフェル姫に対する愛がインフレを起こしていると」
説明をくれたのはミレイユのほうだ。
今日は俺たち兄妹とフェル姫の三人がカフェスペースの個室でお茶をしている。
ラルフとくー子は、例の男女交流イベント関連で学院側と話し合い。あのふたりは、それぞれの寮長なのだ。話し合いが終われば合流予定。
ラルフの確変に動揺しまくっているフェル姫が、あれはいったい何事なのだと俺に問い、「隠すのやめたからだな」と答えを返したところである。
「画面越しで見るのと破壊力が段違いなんですけどおー」
「へー」
「ミユちゃん、他人事みたいに」
「だって、そういうのはあたしが見るものじゃないもん。フェルさんだけが見て聞いていいやつ」
「わーかーるーけーどー」
嬉しいけど恥ずかしいんだよーと、赤くなった頬を抑えている。
ラルフのあれは迷惑がられてはいないようで安堵した。
「でも、これでラルフルートはなくなったかな。ユージーンさまルートもないから、残るはみっつだね」
ミレイユが重々しく頷くと、フェル姫が真顔になった。
「それ。わたしはまだリリカに会ってないんだけど、今ってどんな進捗なの?」
「リリカのステータスが見られるわけじゃないから、なんともいえないんだよねえ。あたしが知ってるかぎり、全員と会って、最初のイベントはこなしてるっぽいんだけど」
「わたしはさ、ちょうど同じ日に編入ってことで、タックスとは顔を合わせたんだけど、マゾの片鱗のない可愛い少年だったよー」
マゾ? 不穏なワードが耳に入ったんだが、それはあれか、バッドエンドのやつか。
俺の不審そうな顔を見た妹が、鼻を膨らませて解説を始める。
二学期から途中参戦のタックス少年は、年下らしい子犬系。童顔で可愛らしい弟ポジのキャラクター。
背伸びをしてがんばっているものの、飛び級でお兄さんお姉さんの世界に入ったため、やっぱりちょっと疲れてしまう。
そんな少年を励ますのがリリカ。
まっとうなルートを辿れば、「弟ではなく男として見てほしい」とばかりに成長していくんだが、病むとなぜかドM化する。
「タックスに好かれるヒロインの性格は、塩対応なやつなんだよね」
「冷たくされて喜ぶようになるのかよ」
「そうみたい」
意味がわからない。弟ポジのキャラクターなら、優しいお姉さんヒロインじゃないのかよ。
「制作陣は、おねショタより、女王さまと犬がやりたかったんじゃないかって説がありますね。公式が病気なのがデフォですからこの会社」
フェル姫が真顔でそんなこと言いつつ、言葉を続けた。
「思ったんですけどね。いっそ本人に訊いてみればいいんじゃないですか」
「訊くというのは、リリカ嬢に『あなたは誰と恋仲になりたいと思ってるんですか?』ってことをか? それはさすがにどうかと思うが」
一応顔見知りではあるけれど、個人的なことを訊くような間柄ではない。光魔法関連で、ラルフは彼女と定期的に面談をしているけれど、あいつのほうから恋愛的な話題を振るわけにもいかないし。
「違いますよ。わたしたちと同じかってことを、です」
「フェルさん。それってつまり、リリカに『転生者ですか?』って訊くってこと?」
「そう。手っ取り早いのそれじゃない?」
「……たしかに、転生者の可能性あるよなって話は、ミユともしてたけどさ」
「うん。でも、やっぱり面と向かっては訊きづらいよね」
なにか決定的な証拠とか、それっぽい言動とか。きっかけがないと厳しいだろう。
俺と妹が悩んでいると、フェル姫はあっけかんと言う。
「わたしが訊くよ。おかしなことを言ったところで、外国人が変なこと言ってるわーぐらいのノリでいけるでしょ」
「だ、だいじょーぶなの? リリカがおかしな子だったらやばくない?」
「おかしな子って?」
「ほらー、こういうのってさー、ヒロインに転生した子が脳内お花畑で、自分がヒロインだから愛されて当然! みたいな思考の場合もあるでしょー?」
心配そうに問うミレイユに、フェル姫は首を傾げた。
「それはないんじゃないかな。そういうのってさ、どんなにうまく隠しても、どっかでボロが出るっていうか。女子の中でまったく噂にならないこと、ないと思うんだよね。ミユちゃんは同じ一年でしょ? 女子同士の噂で、いろいろあるんじゃない?」
「まあ、ないとはいわないけどー」
「そのなかに、リリカの話はある?」
「光魔法の保持者で、平民でって、そういうのはあるけど……」
それよりはむしろ、デヴィントン侯爵家のご令嬢アリアーネが我が物顔で一年女子を仕切ろうとして、それをうざいと思う層と、媚びて取り巻きと化す令嬢と、日和見とに割れているのだとか。
「ちなみにおまえはどこなんだ」
「あたしは、うざい派だけど?」
だろうと思った。
「あの子ねー、あんまり好きくないんだよねー」
妹は基本的には善性の人間だ。内心はどうであれ、他人を悪く言うことは少ない。そんなこいつが「好きじゃない」と明言するぐらいだから、よっぽど目に余るのだろう。
「ほら。デヴィントン侯爵家って、ラザフォード侯爵家とは対立関係にあるでしょ。だから、くーお姉ちゃんもあんまり強く言えないところがあるみたいでさ」
「寮長だからこそ、どこかひとつに加担もできないだろうしな」
「うん。アリアーネはまだ一年生で、寮の生活にも慣れてないだろうし。そのうち我儘も収まると思うよーって言ってたけど、いまんとこ全然収まってないんだよねー」
デヴィントン侯爵も農産業を取り仕切っている家だったりするので、ラザフォード侯爵家と同系統の分野である。
だが、どうもあっちの侯爵家のご当主さまは我が強いようで、「おまえんとこより俺のほうがすごいし」みたいなムーブをかまして、なにかと張り合ってくるらしい。
ローズメア王国はパンが主食なので、やっぱり小麦の需要は大きく、そちらの品種改良に力を入れていた。
しかしラザフォード侯爵家が稲作を開始。
鼻で笑っていたところ、すこしずつ『米』の需要が増えてきたので、焦っているとは聞いていた。小麦が廃れることは決してないし、多様な品種を抱えるデヴィントン家が揺らぐことはないはずなんだが、「めずらしいものを王家に売り込んでずるい」といって、勝手に怒っているのだ。子どもかよ。
そういった我が国の恥ずかしい事情をフェル姫に開示したところ、彼女は「それでいこう」と言った。
「リリカってさ、たしか、そのデヴィントン侯爵家ってところの後見を得てるよね。我儘お嬢さまはたぶん、平民なのに自分の家の庇護を得ているリリカのこと、目の敵にしてると思うんだ」
「可能性はあるな」
「嫌がらせとかされてない? みたいなかんじで、まずは寮長がリリカを呼ぶ。そこにわたしが同席するわ。第三者が立ち会いますって名目でね」
「なるほど」
「わたしとクリスティーヌさんとリリカ、三人だけになればこっちのもんよ。ズバッと訊くわ。悩んでる時間もったいないし、さっさと解決しましょう!」
うん、この子、本当にすっきりした性格の子だな。
ラルフには、こういうタイプが合ってる気がする。あいつ、すぐ落ち込むところあるから。




