20 メインヒーローの本気①
ゲームのガチ勢が増えた。
くー子から情報をもたらされたミユは興奮し、さっそく女子会が開催されたという。
遠方からやってきたお姫さまが寂しさのあまり泣いたりしないのなら、それはよかったと思う。「ゲームの重要スポット案内してあげるんだー」と言って女子同士が出歩いて、せっかく一緒にいる時間が増えると思っていたラルフレイルのほうが泣いているのは、まあ諦めてもらおう。妹がすまん。
「……いや、クリスティーヌだけではなく、おまえの妹にも感謝する」
「あれはただ、同士ができて楽しいだけだと思うが」
「同士? 共通の趣味でもあったのか?」
「まあ、そんなもんだ」
フェル姫は、ミレイユとはまた違ったタイプのオタクだ。具体的には、薄い本を収集する系のオタク。自身では書いていなかったというのが、俺にとっては救いかもしれない。
ほら、なにしろ俺は攻略対象なわけで。
俺ことユージーン・オルファンが、ヒロインとイチャラブを繰り広げたり、もしかしたら別の攻略対象(男)とウホッな層もあるんだろうから、そういった創作ネタ対象として見られるのは勘弁願いたいのである。
いや『見られている』という意味では、見られてはいるかもしれない。
本人曰く、ユージーンとクリスティーヌ応援派らしいので、俺とくー子が一緒にいるだけでも喜んでいる。顔を付き合わせて話をしようものなら拝む勢いだ。
これはこれで厄介なオタクかもしれないが、害はない。
それに、なんというか、言い方はおかしいのかもしれないが、ちょっと嬉しくもあるのだ。
俺たちの仲は伏せられていて、知っているのはお互いの家族と国王ならびに、その忠臣のみ。
ラルフレイルの婚約者問題が解決するまでは、ラザフォード侯爵令嬢が婚約者候補であると匂わせまくっておく必要があり、俺はその仲立ちの人間であると認識されてきた。
オルファン子爵の息子であるユージーンは、ラザフォード侯爵の信頼を得た、娘の虫よけ的な、殿下との仲を明らかにするまでの壁役というか。そういう青年なのだと皆が思っていたし、俺もそこを逸脱しないよう心掛けてきたつもりだ。
けれど外からやってきたフェル姫はこれまでの事情を知らないので、単純に俺とクリスティーヌを普通のカップルのように扱う。
お似合いだと手放しで称賛する。
ここに式場を建てよう、はよ結婚しろ、と言う。
それを受けて、くー子はニコニコ笑っている。
頬を染めて嬉しそうに笑っている。
俺はいままでの振る舞いを後悔した。
もしかして間違っていたのではないかと、遅まきながら気づいた。
侯爵令嬢の相手として相応しい実績がないと、隣に立ってはいけないと思い、とにかく早く大人になって、もっといろいろなことができるようにならなければいけないと思い込んでいた。
大人たちは「そんなにがんばらなくてもいいんだよ」と言っていたけれど、俺が勝手に「そんなことでは駄目だ」と決めつけて、理想を追い求めて、肝心なことに気づいていなかったのだ。
こうして一緒にいられるだけでいいんだよ。
誰かの目を気にすることなく、一緒にいられたら、それだけでうれしい。
かつて、前世の俺たちが、親や、その周辺の大人たちを気にして、一線を引いた関係を保とうとしていたこと。
俺はそれを後悔して、だからこの世界では行動を起こした。他の誰かのものになってしまわないように、父親たちに直談判をして、クリスティーヌとの婚約を請うたのだ。
それなのに、俺は他の貴族たちの目を気にして、人前ではクリスティーヌと距離を取った。
ラルフレイル殿下の婚約者候補という噂に真実味を持たせるために、自分の気持ちに反した行動を取り続けた。
これでは前世と同じだ。
もしかしたら、俺の母とくー子の父はお互いを想っているのかもしれないから、親たちに遠慮して、自分たちの気持ちに蓋をした、あのころと何も変わらない。
ああ、俺はバカだ。死んでもバカは直っていなかった。
残りの学校生活は『配慮』をやめて、普通の婚約者っぽく行動してもいいだろうか。
俺はラルフに訊ねた。
「――おまえ、あれで配慮してたのか?」
「してなかったか?」
「いや、たしかにな、していたとは思うんだよ配慮。おまえがクリス嬢の正式な婚約者であることをは公言せずに行動するという、我が国の上層部が願った勝手な事情を汲んでくれてはいただろう。だがな」
「だが、なんだ」
「他人の前では彼女を特別扱いはしないぞという気持ちが先行するせいなのか、遠くからクリス嬢を見るおまえの目は熱っぽいし、人目がないところだと言動が甘すぎて、私が居たたまれないぐらいだったじゃないか」
そんなつもりはなかったんだが、俺は意外と抑制の利かない男だったらしい。
だがこれからは、気持ちを隠さずにいるつもりなので、ほどよく緩和されていくのではないかと思う。
「あ、だからといっていきなり婚約を宣言するつもりはないぞ。おまえがクリスティーヌに振られたからフェル姫と婚約した、みたいな風潮になるのはよくないからな」
「そうだな」
「だからおまえも、フェル姫に対する好意を隠さずいけよな。ガンガン前面に出していっていいと思う。国の事情でずっと隠していたけれど、子どものころからの純愛を貫いた展開にすれば、むしろ民の心象はいいと思うし」
「わかっているさ」
フェル姫は普段はオタク気質の女子だが、こと恋愛が絡むと途端に乙女になる。
周囲が敵ばかりだった環境の中、ラルフレイルは文字どおり、自分を救う王子さまだったのだから、ときめきたくなる気持ちはわからなくもない。
どんな理由であれ、祖国脱出を公的に許可され、この国へやって来た。
やっと自由になれたのだから、幸せになってほしい。
これらについてはラルフが城へ持ち帰り、国王陛下ならびに上層部と協議のうえ、ゴーサインが出た。
陛下からは直筆の手紙をいただき、長い間すまなかったとお詫びの言葉をいただいてしまった。くー子には王妃から似たようなものが届けられたそうで、俺たちは顔を見合わせて苦笑いを浮かべてしまう。
「偉いひとに謝られちゃったねえ」
「簡単に謝罪していいひとたちじゃないはずなんだがな」
あくまでも私的な手紙である。勿論、これを使ってどうこうしようなんて気持ちはないけれど、悪用しようと思えばできるシロモノだ。ラルフにも相談のうえ、俺とくー子は手紙を燃やして処分した。
次の日から、ラルフは有言実行とばかりに、フェル姫の隣を陣取っている。
いままでも世話を焼いていたけれど、距離が縮まった。あからさまなスキンシップが増えたといえばいいのか。
ラルフはこれまで、ダンス以外で令嬢の手を取ることはなかったのに、フェル姫には手を差し伸べるし、なにより声が甘い。はじめて聞いたとき、周囲がざわついたぐらいには声色が変わっている。
なるほど、これが乙女ゲームのメインヒーローというやつなのか。




