19 プリュイ王国の妖精姫①
二学期が始まり、始業式ではプリュイの王女が紹介された。
壇上に現れたのは小柄な少女。事前に聞いていなければ、一年生だと思ったかもしれないと言ったら失礼か。
波打つ白銀の髪に、白い肌。
晴れた日の空みたいな澄んだ青い瞳が印象的な、まごうことなき美少女である。
この子がラルフの想い人。あいつ、面食いだったのか。
こりゃあ人気が出るだろう。全校生徒の前で紹介して正解だ。牽制になる。人伝に噂を聞くよりも、こうしてきちんと周知したほうがいいに決まっている。
学長により、彼女――フェシリダーテ姫が最終学年に編入し、卒業まで通う予定であることが告げられた。つづいて本人に場を譲り、姫がくちを開く。
「お初にお目にかかります。さきほどご紹介にあずかりました、フェシリダーテと申します。以後、お見知りおきを。このような時期に訪れたにもかかわらず、受け入れ態勢を整えてくださったご関係者の方々には深く感謝を申し上げるとともに、あたたかく迎えてくださった皆さま方にも厚く御礼申し上げます。寮にて生活をいたします。文化の違い等でご不快な思いをさせることもあろうかと存じますが、その際にはご指摘いただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします」
鈴を転がすような声とは、こういうことを言うのだろうか。
男子人気はもちろんのこと、これは女子にも受ける気がする。可愛いもんな。可愛いは正義だっていうし。
隣からため息が聞こえたので目を動かすと、ラルフレイルがひどく難しい顔を浮かべている。
「どうしたよ」
「……フェルが可愛い。あの可愛さが周知され、野郎どもが群がったら私はどうすればいいんだ」
「口出ししてもいいだろ」
「彼女とはまだ明確に名前をつけた関係にはないのにか」
「外国からの賓客だぞ。我が国の王族として、守ったところで文句言うやついないだろ」
「そうか、そうだな、うん、そうだ」
こじらせすぎだろ。
以降、小声で、いかにフェシリダーテが可愛いのかを語られた。
胸やけがすると言えば、「おまえとクリス嬢の会話に比べたら、こんなの序の口だ」と返されたが、そんなことはないと思う。
女子寮の様子は当然ながら分からない。
けれど、問題が起こればラルフに連絡は入るだろうから、今のところ大丈夫なのだろう。
昼間、授業中は同じ教室だし、昼食も一緒に取っている。さすがに食事の場に同席するのはどうかと思ったが、ラルフに「おまえも居ろよ、クリス嬢と一緒に」と半ば懇願されたので仕方がなかった。
フェシリダーテ姫は、お人形のような見た目とは裏腹に、とても明るくて朗らか。好奇心旺盛な女の子だ。生徒会室に訪れたときは、それはもう楽しそうにあちこちを覗いていた。
そんなにめずらしいものでもないと思うが、プリュイとは文化・風習も異なるだろうし、建築様式もたぶん違う。俺だって外国に行ったら、そちらの国では当たり前のこともめずらしく感じるだろうから、お互いさまというやつだ。
くー子が言うには、女子寮でも似たようなもので、「なんだかちょっとミユちゃんに似てる」とのこと。
アホの子である我が妹と似ていると評するには失礼な気がするが、こうして一緒にいると、なんだか納得してしまう。聖地巡礼だよ! と豪語して、あちこち見学していたころの妹と、この姫はたしかに似ていた。
うん、似ていたんだよ。
だからって、こんなところまで似ていなくていいんじゃないかと思うんだ。
ラルフが教師に呼ばれ、くー子も別の用件があって席を外し、たまたま周囲に誰もいない状況になってしまって「これはよくないのでは?」と俺が思っていたとき。フェシリダーテ姫が言ったのである。
「あの、ユージーンさま。いい機会なのでお訊きするんですが、ご無礼をお許しください」
「身分を言えば、私のほうがずっと低い。姫君が私に引け目を感じる必要はありませんよ」
「はい、すみません。外国人の戯言と聞き流してくださってかまわないのですが」
「なんでしょうか」
「ラルフレイル殿下とクリスティーヌさんとユージーンさまは、やはり三角関係なのでしょうか」
「はあ!?」
優等生の仮面が剥がれて、つい素が出て声をあげてしまった。
俺の素っ頓狂な返しに勢いをつかれたか、フェシリダーテ姫がなおも続ける。
「距離、近いですよね。仲、とってもいいですよね。ラルフ殿下よりもユージーンさまのほうが、クリスティーヌさんといいかんじに見えて仕方がないんです。もしかしてだからラルフ殿下は国外に婚約者を求めて――」
「や、待ってください。それは断じて違いますから」
「違うとは、どこが、どちらが、どのへんが」
「ですから、ラルフの婚約の話です」
「クリスティーヌさんに振られたから傷心のあまりわたしに声をかけてきたのかと思ってましたが」
「違います。断じて、それはないので、ご安心ください。っていうか、そんなふうに思っているのをあいつが知ったら泣きますよ」
どこからそんな誤解が生じたんだ。
項垂れて、盛大にため息を落とす俺に、フェシリダーテ姫の声がぼそりと届いた。
「え、ってことは、ユージーン・クリスティーヌルートがここに爆誕。ユークリ派のわたし、大勝利。ありがとう、神はここにおわした」
ん? おい、今、なんつったこの女。
がばりと顔をあげた俺の前で、フェシリダーテ姫がニコニコ笑っている。
俺は言った。
「姫。今度はこちらから質問させていただいてもよろしいでしょうか」
「なんでしょうか」
「意味がわからなければ、外国人の戯言と流してください」
「はあ……」
「俺の名前は河野優志です。『かわ』はさんずいのほうの河に、野原の『の』。『こうの』ではなく、『かわの』と読みます。あなたの名前を教えてくれますか」
「――は!?」
◇
所用のため、そのまま学外へ出てしまったラルフレイル。
奴が戻ってこない旨を伝達してきたくー子を伴い、俺たちは学内のカフェへ向かった。
個室を借り、ひとまず飲み物を注文。食べるものは後からということにして、互いの情報を開示するいつものやつ。
「で、どういうことなんですか、ユージーンさまはおろか、クリスティーヌまで転生者とか、意味わかんないんですけど」
「それを言えば、ラルフが熱を上げてる外国のお姫さまが元日本人ってほうに、俺は驚いているんだが」
「お互いさまだねえ」
「え、じゃあラルフ殿下は?」
フェシリダーテが問うので、俺は首を横に振る。
「俺が認識するかぎりでは、転生者じゃないな」
「思い出していないだけの可能性はあるんだけどねえ」
「そういうものですか」
「だってわたしの父親――、ラザフォード侯爵はね、二十歳を超えてから思い出したって言ってたよー」
「前世の記憶がよみがえって無双するのは子どもの特権だと思ってた。っていうか、え、クリスティーヌさんのお父さまも転生者なの?」
「ちなみに俺の父も妹も元日本人だし、妹に至っては前世でも妹だった」
「なにそれ、漫画か」
フェシリダーテは言って、天井を仰ぐ。
椅子の背もたれに体重を預け「あー」とか「うー」とか呻いているので、しばらく待つことにした。
「とりあえず把握しました。そういうのもありなんでしょう。だってもうすでに、『わたアト』と『あなは』世界が交わってるわけだしね」
「交わってるとは」
「ユージーンさまは、今の状況をどこまで理解していますか?」
「状況っていうのはつまり、ここが乙女ゲームの舞台っぽいぞっていう、そういうやつか?」
「ええ、はい、そうですそうです。この学院は『あなは』の舞台ですが、わたし自身は別のゲームに転生したと思って、いままで生きてきたんですよね」
そうして彼女は語った。




