目指すべきエンディング②
それからミレイユが具体的になにをしているのか、俺は知らない。
あいかわらず聖地巡礼と称して町歩きをしており、付き合わされているパッセラ嬢には申し訳なく思う日々だ。
イリュージョン祭以来、くー子はパッセラ嬢と仲良くなったようで、彼女を通じて商品を融通してもらうことが増えたという。
前世の和食を作るためには、東方の国から食材や調味料を仕入れる必要があるが、やはり輸送費の問題が高くつく。大量に運んだほうが安いけれど、それを消費する手段がまだ少ない。
現状、あれらを使って調理するのはくー子がメイン。あとは、ラザフォード侯爵家の料理人だ。
我が国は縦割り社会な面があり、自身が所属する十侯爵家を離れた社交は、どこかよそよそしいところがある。そのため、王家が主催するような大きな夜会はともかく、個人家が開催する園遊会は外部の人間は参加しない――できない。
こういうのってますます視野が狭まるし、外の風が入りにくくなる、村社会のような状態だ。
元日本人のラザフォード侯爵なんかは、この現状を変えたほうがいいと思って提言しているようだが、ほら、上の世代は頭が固いし。なにより、自分たちがいままでやってきたことを否定されたような気持ちになるせいか、意固地になるんだよな。
そういうわけで、貴族の立場で、和の味を多くのひとに味わってもらうのは難しい。
他所の派閥で反発が起こったり、わざと貶めるために必要以上に悪く言ったりさ。小学生かよって思うけど、まだ学生である俺たちにできることは限られているんだ。
いやしかし。妹に「おまえはおまえのハッピーエンドを目指せ」と言っておきながら、俺が「どうせ変わらないよな」となにもしないのは駄目だよな。あたしに言ったくせにお兄ちゃんはなにもしないの? とか言われたら兄の立場がない。
俺は生徒会役員だし、最終学年ということで、多少の活動は「まあ学生最後だし、悔いのないようにしなさい」と目をつむってもらえることも知っている。
ラルフも巻き込んで、学内イベントとしてなにかやってみるのも手かな。
生徒たちは、これからのローズメア王国を担っていくわけだし。派閥の垣根を超えて交流することを、学院生活のうちに経験しておけば、卒業後に横のつながりが生まれるかもしれない。
違う分野の家と交流することで、新しい技術だって生まれるはずだし。それは結果的に国のためになるはずなのだ。文化の発展は国益を生む。
そんなことをくー子に言ったところ、彼女もまた頷いた。
「そうだよねえ。前世の食堂でもね、たまたま相席したお客さん同士が意気投合しちゃって、新しい仕事につながったりしたんだよね。うちはなにもしてないけど、御礼を言われたことあるんだよ」
「やっぱいいよな、食堂。中学ん時さ、大学生の兄ちゃんが勉強教えてくれたりもしたよな」
「そうそう。あれのおかげで、家庭教師のバイト始めたって言ってたよねえ」
いまから新しいイベントを作るのは、予算取りもしていないから難しい。
ならば、予定しているイベントに付随する形で、派閥を気にしない交流を作れないだろうか。
「ねえ、男女交流会があるじゃない。いつもは寮の中でやってるけど、あれをもっと大きくすればいいんじゃないのかな。クリスマスパーティーみたいに外のホールを借りるのはやりすぎだけど、学院内のホールを使えばいいわけだし」
「なるほど、自分たちだけで園遊会をやってみよう、みたいな」
「二年生も含めたら、生徒会のなかでも派閥違いがあるでしょう? それぞれの家でなにかを持ち寄って紹介するような機会が作れたらいいかなって思うんだよ」
「ああ、企業が集まって自社の商品を宣伝するようなやつ」
「そうそうー。ゆーちゃんも参加したって言ってじゃない」
さほど長くはない社会人生活。新人の登竜門だ! みたいに言われて、先輩と一緒に参加したっけ。パンフレット配ったり、知らない業種のブースを覗いてみたりして、わりと楽しかったことを憶えている。その後で書いた出張報告書が大変だったけどな。
文化祭は、個人の作品展示やサークル活動がメイン。それとは違った『紹介・展示』の機会があるのもいいのではないだろうか。
早速、ラルフに話を持ち掛けたところ、快諾された。そんな簡単にOKしていいのかよ、って思ったが、王家としても、現在の派閥争いは気になっている案件で。若いうちから十侯爵にこだわらない関係を構築できるのは、むしろ良いことだと判断したようだ。
「ちょうどよかった。我が国のさまざまなものを見せることができる機会だ」
「なんだよそれ、来賓の予定でもあるのか?」
「外国からの編入生という形を取ってはいるがな」
タックスくんとやらだけではなく、二学期から新たな生徒が加わるのか。
「何年生だ? そいつも一年?」
「いや、私たちと同じ年齢なので、三年生になるだろうか」
今のこの時期に編入ってのもめずらしい。しかも外国から。なにか政治的な理由でもあるんだろうか。
アクラムも似たような立場だが、あれも理由があって。イスマーイールは砂漠が広がる国家だ。つまり資源が少ない。
ゆえに、輸入に頼る面が大きく、たくさんの国と縁を結ぶべく、王族を各国へ送っているのだという。
「どこの国だよ」
「プリュイだ」
どこかで聞いた名だな。
そう考えたあとで気づく。あれ? それってたしか、ラルフの奴が縁を持ちたがっている、妖精の血を引くお姫さまがいるとかいうあの。
「ひょっとして、ついに婚約が決まったのか?」
「しっ! 大きな声を出すな」
「悪ぃ。でも、そういうことなんだろう? よかったな。おめでとう」
「……言っておくが、まだ正式に決まったわけではないぞ。双方の魔法の在り方が異なる問題は解決していない」
そういや、そんな話があったな。あっちのお姫さまは「それならそれでなんとかなるでしょ」みたいに言ってたとかなんとか。
「じゃあ、お試し滞在、みたいなことなのか。実際に暮らして不都合がないのかどうかっていう」
「そういうことだ」
「じゃあ、やっぱり『おめでとう』でいいだろう。一歩前進したのはたしかなんだし」
「だが……」
「嬉しくないのかよ」
「嬉しいに決まってるっ」
いつになく強い口調で言い切ったラルフは、自分の声の大きさに気づいて恥じて、なにやらもごもごと言い訳めいたことを呟きはじめる。王子のくせに、妙に気弱なところがあるんだよなあ、こいつ。
幼少期、闇属性のおかげで病弱で、長く生きられないかもしれないと周囲に気づかわれていた。そういった下地があるせいか、遠慮しがちな部分が未だに顔を出すのだ。難儀な奴め。
「よかったな。到着したら、紹介してくれよな」
「無論だ。彼女の希望で寮に入ることになっているから、クリス嬢には気にかけてほしいと思っているんだ」
王城からの帰り道、そのままラザフォード侯爵家へ向かい、くー子に事情を説明する。
「わあ、よかったねえ。だけど、王女さまでしょう? 寮の生活って大丈夫なのかなあ」
「アクラムは男子寮の特別室に入ってるから、たぶん、それと同じような扱いになるんだと思うぞ」
「それなら、わたしの部屋に近いから、いつでも様子が見られるかな」




