18 目指すべきエンディング①
生徒会に明かされた情報がある。
二学期から、一年生クラスに男子生徒が編入する。年齢は十四歳。飛び級での入学だ。
優秀な生徒が早くに入学するケースは稀にある。青田買いというか、囲い込みというか、そういう目的だと聞いた。
俺と同じ子爵子息。
でも、平民あがりのオルファン家と違い、彼は代々続く貴族である。一緒にしちゃ失礼ってもんだな。
十侯爵のうちのひとつに縁があるが、ラザフォード侯爵家とは関連が薄いようで、俺ははじめて彼の名を聞いた。
「タックスくん、キター!」
と叫んだのは妹である。
おまえ知り合いかよって思ったら、どうやらこれが残りの攻略対象であるらしい。年下ワンコ系男子だとさ。ああ、そうかい。
「たしか、祭りに誰とも一緒に行かなければ、町中で出会うんだっけか?」
「うん。そうだよ。でもまあ、イリュージョン祭で会わなくても、二学期から出てくるのは出てくるから。事前に会っているかどうかで台詞が変わるぐらい。あと好感度の初期値」
まあたしかに、一学期分の遅れがあるわけだから、そこまでで積算されている値を追い越すためには、その『事前デート』は重要なのだろう。
「ってことは、タックスとかいう少年のルートになる可能性もあるんだよな」
「そうだね。ラルフ殿下はリリカとデートはしてないんでしょ? アクラムも会ってない」
「ああ。そう聞いてるよ。それにルスターもリリカ嬢と会ってはいないんじゃないかな」
「ご本人に聞いたの?」
「いや、聞いたわけじゃないんだが、今日たまたまさ、リリカ嬢が生徒会室に来たんだよ。先生に雑用を押しつけられたみたいでな」
そしてプリントぶちまけ事件からの、見つめ合うふたりの世界になった話をした。それを半強制的に見る羽目になった俺の居たたまれない空気を交えて。
するとミレイユが瞳を見開き、くちをゆっくりと開けていく。
来るか、あれが、ひさしぶりに。
「お兄ちゃん! それ、ルスターとの出会いイベントだよ!! きゃー! いいなーいいなー、あたしも見たかったー。あのね、あのスチルは結構人気があるんだよー」
「たしかに、どこの少女漫画だよ、みたいな雰囲気だったけど。ゲームのことはよくわからんが、そういう出会いイベントっていうのは、少なくとも一学期中に発生するもんじゃないのか? 夏休みになってはじめて出会うって、他のキャラから遅れを取ってるだろう」
「んー、他のゲームのことは知らないけど、出会わないときは出会わないよ。他のキャラを狙ってると、どうしても出てくるの遅くなるしね」
ミレイユが嬉々として説明を始める。
攻略対象ごとに用意されている出会いイベント。あるいは、攻略対象がヒロインのことを意識するキッカケになるイベントというものがあり、俺が見たルスターのあれはそれに値するのだという。
ラルフレイルはメインヒーローということもあり、ヒロインとは強制的に接触する。
光属性持ちは王族と定期的に話をすることになっているので、たしかに回避は不可能だろう。そのためラルフレイル攻略に関する重要イベントは、例の『お弁当差し入れ』だ。
アクラムは、出会いというよりは、男のほうから声をかけるのがファーストコンタクト。
そのときの対応によって初期パラメータが変化するという。妹が前世の妹であったことが判明した直後、校内で俺たちが見かけたアクラムのナンパ行為。あれがそれだったらしい。
ユージーンは『温室利用を共有する』こと。俺が鍵の場所を教師に報告したことで、ユージーンルートへのフラグが立ってしまったんだと。
ミレイユに文句を言われたからというわけでもないが、あれ以来、あんまり温室には行ってないんだよな。研究資料の閲覧という意味では、王宮図書館のほうが充実してるしさ。
遅れて登場するタックスの出会いイベントは、イリュージョン祭。
おそらく、俺たち攻略対象と参加していないため、祭りの最中にリリカ嬢はタックスと出会っている可能性が高い。
「ってことは、全員と出会いイベントをこなしたってことか。いや、パジェットくんはまだなのか?」
「あー、たぶんジェツくんとも会ってると思うよ。あたしがセラちゃんとお茶してるときにね、リリカが騎士隊の警備ルートを見張ってたからね。パジェットとのイベントはね、そこなんだよ」
買い物途中でばったり出会い、これから休憩に入るというパジェットと喫茶店に入るらしい。平民同士ということで気軽に会話をして、距離が縮まる。
「パジェットもねー、わりとチョロいんだよねー。油断するとそっちのルートに行くから、なるべく逃げるの」
「ひでえな、ヒロイン。ちなみにバッドエンドだとパジェットくんはどうなるんだ」
「ヒロインのストーカーになって粘着するよ」
「……いい奴そうに見えたんだけどなあ、パジェットくん」
「バッドエンドの場合だってばー。お兄ちゃん、ひとのこと言えた義理じゃないでしょ。わかってるの? 国家転覆だよ」
「へいへい」
俺がリリカ嬢と恋愛関係に発展することはない。少なくとも、俺のほうはそんな気持ちになることはないと断言できる。前世からの想い人とようやく、大手を振って結婚できるようになったんだ。他の女なんていらねえよ。
「そりゃあ、ユージーンさまがお兄ちゃんだってわかったから、そこはもう心配してないよ。ただ、ゲームどおりにリリカとどうこうなっちゃうかな、とは思ったけど」
「なんだっけ、物語の強制力とやらがあるんだったか?」
「うん」
定められた未来へ向けて動こうとするなにか。
だけどさ、普通に生きていても、なんとなく想像したとおりの結果になってしまうことって、あるだろう。
それはべつに、あらかじめ決まった物語どおりになったわけじゃなくって、「こうなったら嫌だな」と考えるマイナス思考に引きずられて、無意識のうちに自分でそっちの未来になるような言動をしてしまっているせいだという。
良い結果になりたいなら、そうなる未来を思い描けばいい。ポジティブ思考。
試合で勝つイメージを持つのが大事だって、スポーツ選手がテレビで言っているのを聞いたこともあるし。
「つまりさ、ハッピーエンドとやらを強く願えばいいんじゃないのか?」
「誰が?」
「誰とは言わない。それぞれが、だよ。俺には俺のハッピーライフがあるし、おまえはおまえで、こうなればいいなっていう未来があるんだろう?」
「そりゃあ、あるけど」
「なら、リリカ嬢の選択任せにせず、おまえが未来を選べばいい」
「でもあたし、ヒロインじゃないし、それどころか作中で存在すら提示されてない、モブ以下だよ」
そんなの無理だよ。なに無茶苦茶なこと言ってるの? と呆れた顔をする妹。
しかし、この世界が乙女ゲームであると俺に提示したのはミレイユだ。
妹の発言によって、俺の生活は変化した。
ミレイユが美由であると知らなければ、兄妹の関係も違っていただろうし、パジェットくんと知り合うこともなかった。
アルケットの双子がラザフォード侯爵家への食事会に参加して、イリュージョン祭も一緒にまわって。くー子はアルケット商会とさらに懇意になったといえる。今後の食改善に寄与したのだ。
ここが、『乙女ゲームの世界に転生した物語』なのだとしたら、乙女ゲームの主人公はリリカ嬢でも、この物語世界の主人公はミレイユかもしれないよな。
俺? 俺は違うだろ。男が主人公のライトノベルは、剣と魔法の世界に転生するのが定番じゃね?
攻略対象に転生したのに、ヒロインじゃなくて悪役令嬢に惚れている男の物語なんて、どこにも需要ないだろ。
「まあでも、モブですらないからこそ、動けるってこともあるよね。そうだそうだ、あたしはあたしで動けばいいんだ。ありがとうお兄ちゃん、あたしがんばるよ」
「……言っておいてなんだが、あんまり変なことすんなよ」
「変なことってなによ、失礼な」




