17 リリカと攻略対象と俺①
イリュージョン見物は、取り立てて変わったこともなく終了。
ミレイユは「リリカが誰と見たのか確認しないと!」などと言ってはいたが、自分が楽しくてすっかり忘れていたようだ。家に戻ったあとでそれに気づき、悔しがっていた。
「あの人混みで見つけられるわけないだろ。それに、ラルフが相手だった場合、一緒に見物したのかどうかなんて、俺たちにはわからない。アクラムの場合もそうだ。あいつらは、それぞれ自分たちに関連する施設だったり、チャーター船だったりするんだろ?」
「まあ、そうなんだけどー」
「少なくとも、俺とパジェットくんではなかった。それは確定している」
「そういえばそうだね」
「ラルフには訊いておいてやるから」
「ありがと、お兄ちゃん」
ラルフに確認すれば、アクラムがどうしたのかもわかるだろう。
船を借りているのなら手続きをしているはずだし、同乗者がいるのなら把握しているはず。
他国の王族を危険にさらすわけにはいかないし、なにかあったときに困るから、そのあたりはきっちり書面に残してあるはずだ。
◇
本日は夏休み中にいくつかある登校日。顔見せ程度の日であるため、一度教室に集まって点呼が終われば、諸注意と休み明けの確認をしたあとは散開である。
俺は生徒会室へ赴いた。二学期は文化祭などのイベントがあるため、事前に話し合っておこうということになっているからだ。
また、次の生徒会メンバーを誰にするのか、といったことも決めていかなければならない。
部活のように、秋季大会で引退する的な明確な時期が決まっているわけではないのだが、二年生メンバーに役割を振り、今後の行事は引継を兼ねて運営していくことになるだろう。
いまさらだが、生徒会のメンバーは、会長がラルフレイルで副会長が俺、クリスティーヌは風紀委員だ。加えて書記の女子生徒と会計に男子生徒がいる。
彼は伯爵家の次男坊だ。理系に強く、俺と同じ土属性ということもあって、入学したころからわりと仲はいい。
ミレイユから彼の名は出てこなかったので、攻略対象ではないのだろう。よかった。奴には似合いの婚約者がいるのである。
以上の五人が三年生で、仕事の補佐や生徒たちへの橋渡しをする二年生が五名。
ルスターは二年生なので、本来であれば補佐側なんだが、宰相子息ということもあり、二年生組のリーダー役となり、俺たちと接する機会も多い。
総勢十名で管理運営していて、基本的にはこの二年生たちが次の生徒会の主力となる形式。
ようするに、二年生のあいだに仕事を学ぶってわけだ。行事によっては、一年生を含めた生徒から手伝いを募集したりもするんだが、それだって一時的なもの。
三年生が自由登校になる前に生徒会役員選挙があり、現一年生から五名、次の補佐たちが選出されるのが通例。
その際、手伝いをしたことがある生徒が推薦されたりするので、役員を目指している新入生たちは積極的に手伝ってくれて助かる。
ちなみに、該当学年に王族がいれば、半ば自動的に生徒会入りが決定。
そうなれば将来の側近候補が自然と集められるので、そういった年の選挙は、まあ、あってないようなもの。出来レースである。
王族ということは、仮に王女であっても同じということ。
ただ王女の場合、会長補佐になるのは男性だ。それも王女殿下の婚約者候補の筆頭が充てられるという。
ローズメア王国は女王陛下も認められているので、場合によっては、王配として王女殿下をお支えできるように、といった配慮なのだろう。婚約者が正式に決まっていないときは、その他四人を候補者で固め、生徒会活動を含めた学校生活のなかで、相手を見極めていくという。
これはこれで、いわゆる逆ハーレム状態で、そっちはそっちで王女をヒロインにした恋愛ゲームができそうだよなあ。いや、五人の男子にあれこれ迫られる物語を女子が好むのかどうか、俺は知らんが。
まあ、次に王族が入学するのは二年後。現国王の子ではなく、降嫁した王妹の子どもだ。いちおう継承権もあるので王族枠になる。
次の直系となればラルフの弟で、たしかミカエロと同じ年だったはず。
――ん? そういえばミレイユが言ってたな。ミカエロは続編の攻略対象なのだ、と。
ってことはだよ。ラルフの弟もきっと王子枠で出てくるんだろうなあ。
◇
生徒会室に行くと、ルスターがすでに座っていた。緑色の短髪で眼鏡をかけている秀才くん。
こいつ、昔からテストの成績はいいんだけど、いささか応用力がないというか、少々頭でっかちなところがある。
いわゆる座学はよくても実技が駄目なタイプなんだよな。
白黒はっきりさせたいというか、ゼロか百かっていうか。優秀は優秀なんだが、柔軟さに欠けるのは、国政に関わるものとしてよくない傾向だろう。
妹が言うには「そういうガチガチな思考を、ヒロインが柔軟にしていくんだよ」とのこと。
ちなみに、攻略するに向いているヒロインの性格は、おとなしい系。
これはユージーンと同じらしい。
俺とこいつの女の好みが似ているということなのかと思うと、なんかちょっと納得いかないというか、微妙な気持ちになる。
「どうしたんですか、ユージーン先輩。扉の前で突っ立ったままで。入らないんですか?」
「ああ、悪い。すこしぼーっとしていた」
「僕もさきほど来たばかりで、部屋の空調もまだきちんと効いておりません。殿下たちがいらっしゃるまでには、もうすこし過ごしやすい室温になればよいのですがね」
「そうだな。早くに来てくれて助かったよ、ありがとうルスター」
ルスターが丁寧口調なのは先輩相手にかぎったことじゃない。同学年に対してもそんなかんじで話をしている。
父親である宰相閣下も、誰に対しても丁寧な口調を崩さないひとなんだが、それを真似ているのだろう。乙女ゲーム云々を知ってからは、そういうキャラ設定の奴なんだなと思ったりもしなくもない。
ほら、いるだろ。年下相手にも丁寧語で話すキャラ。たぶんリリカ嬢に対しても、同じような口調で話をするんだろうな。
本棚から必要な資料を探していると、扉の向こうから「あのー」と問いかける声が聞こえた。
部屋の奥側で本棚のあいだに入り込んでいる俺は瞬時には動けず、机上の書類整理をしていたルスターが対応する。
「なんでしょうか」
「えっと、頼まれて、プリントを届けに、きましたっ」
教師が、通りがかった近くの生徒に頼んで届けさせるのは、たまにあることだ。
とくに疑問に思うことなくルスターが扉を開くと、両手にうず高く積んだプリント束を抱えた女子生徒が、ヨタヨタと歩いてくる。
おいおい、ひとりかよ。先生、女子ひとりにこれはないだろう。
「きゃっ」
前や足元がよく見えない状態で物を運搬するのは怪我のもと。案の定、つまずいたらしい女子生徒が前へ倒れ込み、抱えていたプリントが空を舞う。
ガタンと鳴った音は、おそらく椅子か机にぶつかったもの。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
ひらりひらりと舞うプリントの隙間から、床に尻を付いているルスターと、そんな彼に支えられる形で向き合っている女の子の姿が見えた。
ピンク色のボブカットの、小柄な女子。
リリカ・マスデックだ。
タイミングを計ったかのように、窓から陽光が差し込む。
光に照らされて、キラキラとしたものが二人を取り巻き、なんだか漫画のワンシーンのような雰囲気。バックに点描でも打っていそうな絵面。
まあ、あのキラキラしてるのはたぶん絶対、埃なんだけどな。
ふたりは見つめ合っている。
おいおい、俺はどうしたらいいんだ。リリカ嬢はともかくとして、ルスターは俺が同じ部屋にいることをわかっているだろう。
ものすっげー気まずいんだが、え、俺はここで息をひそめていていいのか? バレたときのほうがもっと気まずくないか?
でもなあ、ここでゴホンとかわざとらしい咳払いして存在を認識させるのも、なんか野暮じゃね?




