ラザフォード侯爵家での食事会②
クリスティーヌを悪役令嬢にさせるつもりなんて毛頭ないが、状況によっては弟は病む可能性がある。
なにしろゲームのクリスティーヌは王子の婚約者筆頭候補で、都のご令嬢たちのトップに君臨しているキャラクター。
その地位にいる貴族令嬢が、格下である子爵令息(俺だ)の嫁になるというのはプライドがズタズタになる事態といえる。
あくまで対外的に見た貴族的な一般論な。俺やくー子自身の気持ちは考慮していない。他人からどう見えるのか、という話。なにも知らない弟くんからすれば、「姉上が子爵などに嫁がされるとは」と憤る可能性もあるってことだ。
まあ、侯爵自身が身分制度のない時代で暮らしてきた記憶持ちだし、そういう環境で育てば、人間関係に大事なのは身分ではないと学んでくれそうではあるが、それはそれとしてミレイユは「悪役令息にならないよう、ちっちゃいころから教育しないと!」と張り切ってしまった。弟妹がいないあいつにとって、弟という存在に、なにかしらの意識が働いたのかもしれない。
そんな経緯があり、ラザフォード侯爵家へお邪魔するたび、ミカエロに対して『教育』を施していたミレイユだが、そんなことをせずとも、賢いミカエロ少年はまっすぐに育っている。
たしかにシスコンではあるが、まだ七歳だ。目くじらを立てて引き離す年齢でもあるまいよ。
ラザフォード侯爵は「ミレイユちゃんのおかげで、ミカエロも元気になったと思うよ。いままでがちょっといい子すぎたから、あれぐらい反発心があるほうがいいよね」と言っていた。
年齢の近い友達がいることは成長過程にはよい影響を与えるということだろうが、あいにくとミレイユはミカエロよりも六歳上なんだよなあ。精神年齢はほぼ同じって気もするが。
「ミユ、今日はお客さまを呼んでの食事会なんだ。そのへんにしとけ」
「……はーい」
「兄上がそう言うのであれば、ボクはしたがいます」
「べつに命令してるわけじゃないぞミカ。ミユと遊んでくれて、ありがとうな」
「はい!」
「ちょっとお兄ちゃん、あたしが、ミカくんと遊んであげてるんだよ!」
そのむかし、小学生の高学年になったころ。夏休みに近所の低学年男児を連れてラジオ体操を実施している広場へ向かっていたころと、同じことを言っている。そういやあの子も、小さいけどよくできた男の子だったなあ。
「立ったまま騒いでいないで、席に座ってちょうだいな。席次は気にせず、お好きなところへどうぞー」
「セラちゃんとジェツくんは、お庭が見えるところがいいよね。端っこに座りなよ」
ミレイユはそう言って、アルケット兄妹を縁側寄りの位置へ対面へ座るように促す。そして自分はセラ嬢の隣へ座り、堀炬燵の説明を始めた。
ミカエロは部屋の端に置いてある分厚い座布団を抱え持ち、テーブル付近へ戻ってくる。どこへ座ろうかと逡巡する様子を見せていたところ、アルケット兄のほうが手を挙げて声をかけた。
「もしよろしければ、隣へお座りになってください」
「ありがとうございます、パジェット殿」
「私は無爵位の立場、敬語をお使いになる必要はございません、ミカエロさま」
「こちらこそじゃくはいの身です。かしこまる必要はございません」
なにやらかしこまったやり取りをしている。まだ社交の場に出ていないミカエロは、親族以外の年上男性と長く会話をするのは、おそらくこれがはじめて。
微笑ましい気持ちで見ていると、俺の隣にやってきたくー子もまた見守り態勢だ。
「ミカくん、大丈夫かなあ」
「まあ、ああいうのも勉強だろ。パジェットくんも真面目そうだし、練習にはちょうどいいんじゃないのか?」
「ご迷惑でなければいいんだけど」
「あっちも騎士を目指してるらしいし、貴人警護となれば、ミカぐらいの年齢の子息を護ったりすることもあるだろ」
「そっかー、そうかもしれないねえ」
ここで自分がパジェットに話しかけることは、相手を委縮させるだけだと理解しているくー子は、弟たちの様子を見守るだけに留め、一旦部屋を退室する。調理がどうなっているのかを見に行ったのだろう。
しばらくすると、邸の使用人がまた一名の客を案内してきた。
今度は老齢の男性。簡素でありながら質の良さそうな仕立ての服を着た男は、最近俺が王宮で会話をしている魔術師ドイル氏だ。
「さすがはセルマー・ラザフォード。ローズメア王国ではめずらしい東方建築をここまで再現するとは、流石じゃのう」
「ご存じでしたか」
「こう見えても儂は世界を巡って旅をした身、東方にも数年滞在したこともあったのう」
「でしたら、本日の料理はなつかしんでいただけるかと思います」
ドイル氏のことは、くー子にも話をした。もう何年も会っていないが、彼女もきちんと憶えていて、もしよければ食事会へも招待したいと提案してきたので、俺がお誘いした。
突然登場したじーさんに、年下組は動揺している。ああ見えて人見知りなところがあるミレイユは挙動不審と化した。
しかし商会育ちのアルケット兄妹はこういったことにも慣れているのか、立ち上がってそれぞれが礼を執る。セラ嬢に感化されたミレイユも遅れて立ち上がり追従した。
「よいよい、儂はただの隠居ジジイじゃからのう」
「隠居ジジイとはいいご身分ですな、ドイル殿」
「羨ましいのであれば、ライアンも後釜を見繕えばよかろうよ」
「うちの倅を勝手に自分の弟子にしておいて、よくもまあおっしゃるものですなあ」
「弟子入り先を決めるのはユー坊じゃな」
大人の会合は終了したのか、父親たちが現れてドイル氏に声をかける。
弟子というのは正確ではない。まあ、魔術師の師匠として、いろいろと教わっているのは確かなんだが。
「ユージーンくんは大局を見るタイプだから、ライアン殿とはすこし性質が違いますよねえ。まあ、うちとしては娘婿がどんな仕事を選ぼうがかまいませんが」
「ライアンよ、セルマーのこのおおらかさを見習えよ」
くー子のお父さんは、たしかに侯爵らしからぬおおらかさがある方だが、ああ見えて締めるところは締めるひとだ。ラザフォード侯爵は切れ者であると知られている。
「皆さま、お話しになるときは、お座りになってくださいな」
パンと手を打って注意を向けさせたくー子は、入口から一歩横へずれる。盆を持った使用人たちが入ってきて、机へ配膳を開始。
ラザフォードが三名、オルファンが三名、アルケット二名に、ドイル。
九名分の食事が運ばれて、テーブルの上はいっぱいになった。
ひとりずつの食事が、それぞれの盆に配置されている。
白米に味噌汁、おかずの皿という一般的な定食スタイル。
今回はカトラリーとしてフォークとナイフがセットされており非常に違和感があるが、こればっかりは仕方あるまい。箸も一緒に置いてあるので、お好きにどうぞということだろう。




