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2 メインヒーローは王子さま①


 数日後、俺は学内を妹とともに歩いていた。

 入学してまだ二か月程度。めずらしいのか辺りを見回しているので、諫めるために軽く頭を叩いてやる。

 するとどこかから黄色い声があがった。


 眉をひそめる俺。

 そんな俺を見上げて、こちらも眉をひそめる妹。


「お兄ちゃん、自覚して。目立つんだから、そういう、女子がキャーって言いたくなる仕草はやっちゃダメなの」

「今のなにが駄目だったんだよ」

「頭ポンポンは女子的には萌えポイントなの!」


 もう。ユージーンさまはクール系に属するから、普段とは違う柔らかいかんじを出すと、素敵! ってなっちゃうのに。


 ふたたび歩き始めたところ、隣でミレイユがぶつぶつと呟いている。

 妹に名前を『さま』付けされると非常に居心地が悪いが、この扱いにもだいぶ慣れてきた。こう呼ぶときはだいたい『ゲームのキャラクター』を指している。普段はすっかり『お兄ちゃん』だ。


(クール系ねえ)


 俺の内にある日本人の常識に照らし合わせると、たしかに今の容姿は整っている。自分で言うのもどうかと思うけどさ。


 アッシュブロンドの髪色は少々暗めの印象を与えがちだが、同じ色を宿しているミレイユはご覧のとおり柔らかい印象を持つ。男女の違いというか、これは表情の差なのだろう。

 ミレイユは小さいころから天真爛漫、にこにこと周囲を明るくする子どもだった。

 反面、俺のほうはしかめっ面をしていることが多く、周囲を寄せ付けないところがあったように思う。


 言い訳をさせてもらうと、自分の中にある日本の常識と今の常識を無意識に比較、精査し、何が正しくて何が間違っているのか。自分はどうするべきなのか、常に選択していたからに他ならない。


 そう、つまり俺が前世を自覚したのは、物心つくよりも前なのだろう。


 もっとも古い記憶は鏡に映った自分の姿に違和感を持ったこと。

 まるで染めたような髪色をしていて「こんなのネットにアップしたら『幼児虐待』って叩かれる案件だろ」と思ったのだ。

 その他、周囲の使用人たちが軒並み外国人顔をしていることが不思議で、知らない家に連れてこられたような心細さが常にあった。


 とはいえ幼児である。

 難しい思考は長く続かず、違和感と「でもこれが普通なのだ」という得心とに揺れ動き、よく熱を出していたようにも思う。


 両親はたしかに自分の両親だとわかっているのに、頭の中で誰かが「違う」と呟く。

 そのことがひどく恐ろしくて、自分はなんて非道なのだろうと泣きたくなる。


 情緒不安定だったが、そのころには母親は妹を宿したことが判明し、寝台に臥せっていることが多かった。当たり前だけど体を休めること優先しており、俺にはあまりかまえなくなった。そのせいで赤ちゃん返りしているのだろうと判断された。


 なんかもう滅茶苦茶になって、ある日、俺は父にぶちまけたのだ。


 母さんが母さんじゃないし、お父さまはあいつじゃないのに、あいつはイヤなやつだけどお父さまはいいひとで、だけど、ぼくはぼくだけど、たぶんぼくじゃない。


 完全に支離滅裂なんだけど、父はポカンとした顔をしたあと、笑って俺の顔を覗き込んで言ったのだ。「おまえ、もしかして違う人間だった記憶があるのか?」と。


 ミレイユが日本人だったことに「そういうこともあるか」とすぐに思えた理由がこれだ。

 今世における俺の父親は、やっぱり日本人だった記憶を持つ転生者だったのである。


 父は「自分がそうだから、似たようなことがあるかもしれない」と思ったらしく、そこからは改めて自己紹介からスタート。本当の親子なのに「はじめまして」から始まるのだからおかしなものである。

 俺が自分の身の上を打ち明けたところ、前世の父であるDVクソ野郎のことは怒ってくれた。そして「おまえが俺に対して、どこかぎごちなく接していた理由がわかった」と、明るく笑ったものである。


「よし、いっちょキャッチボールでもやるか」

「ぐろーぶあるの?」

「ねえな。そもそも野球という文化がねえな」


 ガハハと貴族らしからぬ大声で笑い、俺の頭をぐりぐり撫でる。古き良き日本の親父、みたいな雰囲気。

 ふと郷愁感のようなものに襲われて、俺は大声で泣いた。

 わんわん泣きすぎて、父が母に怒られていたことだけは憶えている。


 ちなみにミレイユに「お兄ちゃんの覚醒はいつだったの?」と訊かれてこの経緯を答えると、「ずるい」「お兄ちゃんは昔からいっつもそうなんだから!」といまいち理由がわからないまま非難され、父も転生者だと知ると驚愕し、その日の夕食後、父の部屋に急襲して爆発。

 おかげで新たな一家団欒の場となった。

 ちなみに母は普通にこの世界のひとらしい。俺たちの周囲に転生者があふれている以上、自覚がないだけかもしれないけど。



 そんなことはともかくとしてだ。いま俺たちがどこへ向かっているのかというと、生徒会室である。

 生徒会とか、日本の学校みたいだなーという謎は不本意だが解決したといえる。日本人が作ったゲームなら仕方がない。


 生徒会といえば、生徒の自発的活動を主としたものだが、王族が在籍している場合、生徒会長をやることが慣例だ。そのため、今は第一王子のラルフレイル・ローズメアが会長の任に就いている。


「いいかミユ、くれぐれも変なことは言うんじゃないぞ」

「わかってるよ。さすがに王子さまを前にして、『あなたはヒロインを別荘に監禁するヤンデレになる可能性があります』なんて言わないってばー」

「碌なもんじゃねえな」

「王子はいちおうメインヒーローだよ」

「余計にタチ悪いわ」




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