リリカの謎行動ふたたび②
「――彼女、ラルフに弁当の差し入れをしていたことがあるんだ。俵型のおにぎり、玉子焼きにウインナーが入っている、いかにもなやつを」
「!! それ、対王子攻略のひとつだよ! ヒロインはね、平民だから貴族用の食堂には入りづらくって、外でひとり自作のお弁当を食べるの。それを王子に見つかって、好感度が高い場合は、作ってあげると喜んでくれるんだよ。仲が進行してないと受け取ってくれないんだー」
たしかに、いきなり女子から手作り弁当もらっても困るだけ。ある程度、親しくないと食べるのも怖いだろう。王族だから審査が厳しい以前の問題。
俺が弁当を断りにいった際、リリカ嬢はどういう反応をした?
やった! と喜んでいたように思う。
つまり、ラルフが受け取った=自分へ好意が生まれているという判断?
いやいや、べつにそれはゲームの進行度による仕様確認とはかぎらない。単純に「もらってくれて嬉しい」という気持ちの表れってこともあるわけだし。
「他には? お兄ちゃんに対してはどうなの。最近、温室で一緒になってたみたいだけど、それもね、ユージーンさまのイベントを進行させるための場所だから」
「ティータイムが駄目だとか言ってたな、そういえば」
ミレイユは、ユージーンというキャラクターの物語について教えてくれた。
マッドサイエンティスト化するやばいエンディングの話しか聞かされていなかったので、それらははじめて知るものだった。
平民ということで周囲から疎外されていたヒロインは、あちこち歩いているうちに温室に辿りつく。その中を見てまわっているとき、プランターにつまずき、その下に隠れていた鍵を見つける。
教師に届けたところ、扉の鍵を見つけた者ということで、研究所を使用することが許される。
放課後、早速向かってみたところ、中にはひとりの男子生徒がいた。それが魔術師ユージーンだ。
ラルフレイルの友人として顔を見たことはあったが、直接話をしたことはなかったふたりだが、光魔法による植物の育成という研究をおこなうことで、協力し合い、理解を深めていく。
「この作品のハッピーエンドはね、攻略対象との恋愛成就以外にもうひとつあって、それが『奇跡の百合』を咲かせることなんだよね。リリカのお母さんは病気にかかってて、特効薬を作るために必要なのが、奇跡の百合」
「俺らの母さんも、例の病気のキャリアだしな。つまり、ゲーム内のユージーンがリリカ嬢に積極的に協力しているのは、そういう背景があるからってことか」
「……っていうかね、ゲームではね、あたしたちのお母さまは亡くなってるんだよ。だからユージーンさまは、同じ病で苦しんでいるひとを助けるために、魔術を極めて、花を復活させようとしている」
なんと、今世の母はゲームでは儚くなっているとは。
奇跡の百合とは、花をもとに薬を作り、大陸全土で広まっていた奇病を治したと言われている、希少価値の高い百合のことだ。
しかし、その病自体は、発症を抑えこむことで暮らしていけるようになってきている。
医療とて進んでいるのだ。あれはすでに、根絶不能な不治の病ではなくなっていた。もちろん、いざ発症すれば、亡くなってしまう可能性は高いのだけれど。
うちの母親は病気の因子を持ってはいるが、今のところ発症はしていない。普通に元気な子爵夫人であり、領地で女主人としてお邸を切り盛りしている。
「他のキャラのルートでも、奇跡の百合は出てくるのか?」
「うん。ラルフレイルは王太子だからさ、やっぱり自国の発展のために、奇跡の百合を安定して育てられるようにしたいんだよね。ルスターも似たようなもんかなー。次期宰相だから、国益のためにも復活させたい。アクラムは他国の王子だけど、自分の国にも根付かせたいし、パジェットやタックスも、親族に病気になってるひとがいる設定。希少な花だから、貴族が独占して平民にまで回ってこないっていう説明があったよ」
なんともひどい世界観だな。うちの国はそんなことしないぞ。選民思想の強い高位貴族も一部には存在するが、だいたいのひとは善性が強い。
「だからね、リリカの愛称は『リリー』っていうの。ほら、百合って英語でいうとリリーでしょ? 仲が良くなると、そうやって呼ぶようになるんだ。ある意味それが、好感度のバロメーターになってるとこある」
わたし、ユージーンさまのリリーになれる、かな。
温室でリリカ嬢がそう言ったことを思い出した。
なんのことかと思っていたが、そういう設定があったのか。
はたしてこれは、ゲームどおりのキャラクターが存在してるだけなのか、彼女が意図的にゲームに沿った台詞を話すようにしているのか。判断が難しいところだ。
ついでなのにで、気になっていたことも妹に確認しておくか。
「ミユ、リリカ嬢のことでちょっと確認なんだが」
「なーに?」
「あの子さ、俺と話すときだけ、妙な喋り方をするんだよ。ラルフと話しているときとは、なんか違うんだ」
「どんなふうに違うの?」
「不自然ともいえるぐらい、言葉をぶつ切りにするんだ。わたし、は、こう思い、ます。みたいなかんじで。最初は俺のことを怖がっているせいかと思ってたんだが、温室で何度か顔を合わせても変わらないから」
すると妹は目を見開いて、くちをゆっくりと開く。
あ、このパターンは知ってる。叫ぶやつだ。
「お兄ちゃん! それは戦略だよ! 落とす相手に応じて主人公の性格を変えるやつ!! ユージーンさまは『おとなしい女の子』が好きなタイプだから、そういう台詞まわしを選択していくと、好感度あがってくの」
「ラルフを相手にしているときは、普通の女子高生っぽい雰囲気なのに、俺に対しては、たどたどしいかんじで喋りかけてくるのは、そのせいだと? そういやアクラムには塩対応だったよな」
「うん、ラルフレイルは元気系の女の子が好みで、アクラムはツンツンしたかんじの子が好みだよ」
同じ内容の台詞でも、言い回しを変えたものが選択肢として出てきて、相手の好みに合わせて喋り方を変えていくんだそうだ。それにより主人公のパラメーターも変化していく。
「……つまり、リリカ嬢は」
「あなはをプレイしたことがある転生者の可能性大!」




