12 夏休みの過ごし方①
夏季休暇がやってくる。いわゆる夏休みだ。
四月入学制度に夏休みという日本式の学校スタイルは、これがゲームの世界だからかもしれない。
避暑をかねて王都から離れる貴族も多いが、観光目的で上京する貴族もいるので、王都はそれなりに賑わいをみせる季節となる。
ミレイユが入学する前は地方にある実家に戻って過ごしていたが、今年は王都に留まることになった。
妹が言うには「夏休み限定のイベントがあるんだよ」とのことで、ヒロインの動向が気になるらしい。
イベント発生場所に行かないと! と拳を握っていたが、それ、おまえが体験したいだけじゃないのか?
「ちがうもん、リリカが誰ルートを狙っているのか気になるだけだもん。だいたいお兄ちゃん、リリカには近づかないでって言ってあったのに、なんで仲良くなっちゃってるの。ダメじゃん」
「仲良くはないと思うぞ。せいぜい顔見知りってところだろう」
「温室の研究室はね、ユージーンさまと会話する場所として設定されてるの。まさかとは思うけど、そこでティータイムとかしてないよね」
「喉が渇けば茶ぐらい飲むだろ」
「あー! もう、それぜったいダメなやつー!」
ミレイユが頭を抱えた。大袈裟な奴だなあ。
「夏休み期間中に登校日が何日かあるでしょ、その日は温室に行っちゃダメだからね」
「イベントとやらが発生するからか?」
「ユージーンさまの特定イベントがあってね、ほら、王都の夜空に光のイリュージョンを投影するイベントがあるでしょ。日本でいうところの花火大会みたいなの」
「あー、あるな」
「それをね、温室でふたりで見るっていうイベントがあるの。夏の特定時期にしかないデートイベントでね、攻略対象によってイリュージョンを見る場所が変わるの」
ラルフレイルはお忍びで町に出てきて、王家が管理する丘にある展望台で見るそうだ。一般人を入れちゃ駄目な場所じゃなかったか、そこ。
パジェットは平民らしく、屋台が軒を連ねるなかで、普通に一般的なデートをする。宰相子息であるルスターは、彼の家が管理する邸宅のひとつにある監視棟へあがって見るし、異国の王子であるアクラムは、船をチャーターして運河の上で見るらしい。風流なこって。
途中参戦するという年下キャラは、誰ともデートの約束をしないと町中で出会えるんだと。二学期になって編入生徒として現れて「あの時の!」ってなるやつ。
漫画かよ。いや、ゲームなのか。
そして俺ことユージーンは、温室らしい。つーか、見えるのか、そこで。
「絶妙に見えないんだよ」
「意味ねーだろ、それ」
「完璧超人っぽいユージーンさまが、そういうポンコツなところを露呈するのが萌えポイントなの!」
そんなこと言われてもなあ。
「まあ、心配すんな。リリカ嬢とは行かないよ」
「じゃあ、くーお姉ちゃんと行くの? デートするの?」
非常に楽しそうな顔をして聞いてくる妹。
そういえば、クリスティーヌがくー子であったことをどうして言わなかったのか、ものすごく文句を言われた。本人から直接聞いたそうで、「うれしいけどそれとこれとは別なの!」とわめいていた。
以降は、寮でもよく一緒にいるようになったらしく、ミレイユはご機嫌だ。
こいつ、本当にくー子のこと好きだよなあ。うざい兄より、優しい姉のほうが欲しかったんだろうけど。
「特別出かけたりはしないなあ。ラザフォード侯爵家と夕食会をしながら眺めたりはするけど、それも毎年ってわけでもないし」
「なにそのブルジョアな楽しみ方」
ラザフォード家に限らず、高位貴族の多くが同じことをする。王都のなかでも高地に建っている宿泊施設の上階には、眺めのいい場所で食事ができる部屋がいくつもあるのだ。大勢のひとが行き交う場所に、貴族たちはわざわざ出向いたりしない。
まあ、根っこが庶民である我が家は、ラザフォード家にお呼ばれしない年は、屋台飯を目当てに町をひやかしに行ったりもしたけどな。
「じゃあ、今年は町まで見に行ってみるか。おまえも一緒に来るだろ?」
「へ? あたしも? デートなのにコブつきとか、お兄ちゃん、女心をわかってなさすぎだよ」
「おまえを置いていくほうが、くー子は怒ると思うぞ。美由ちゃんと一緒にまわりたかったのにーって」
「……あたし、一緒に行ってもいいの? ほんとに邪魔じゃない?」
「そんなわけないだろ。ほら、おまえの友達。セラちゃんだっけ? もしよかったら、その子も誘えよ」
「うん、聞いてみる。――ありがと、お兄ちゃん」
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに小さく笑ったミレイユは、なんだか前世の美由の顔にダブってみえて、妙になつかしい気持ちになった。
◇
妹に苦言を呈されたから、というわけでもないが、温室に行く時間をずらして、リリカ嬢とはかち合わないように心掛けた。
研究所にある本について、めぼしいものは読み終わったということもあるし、あそこに所蔵している本の写しが王宮図書館に所蔵されているとわかったことも理由のひとつ。
開架はされていないけれど、申請して許可が下りれば閲覧は可能となる。
ラルフレイルを通じて申請し、無事に許可をいただいた。これからはそっちで読もうと思っている。
そんなかんじで休暇に突入。
寮に留まるひとのほうが少なく、だいたいの奴は自身の家へ。
地方出身者のリリカ嬢は、実家に帰るには時間もお金もかかることから、『ゲームどおり』友人ナナカ・ランソンの家へお世話になるそうだ。
「リリカの出現ポイントを教えておくから、行かないようにしてよね」
「珍獣扱いだな」
「ヒロイン対策はあたしがやるから、お兄ちゃんは、くーお姉ちゃんに逃げられないようにすることだけ考えてればいいの!」
「へいへい」
それでいて妹は、町のあちこちに出かける気満々だ。
ヒロインの行動チェックという名の聖地巡礼。
表向きの理由は、領地から王都へ出てきたばかりなので、友人に町を案内してもらうことだが、兄の俺からすれば妹の心理などバレバレである。遠足のお知らせを見ながらニコニコしていたときと大差ない顔つきだ。まったくわかりやすい。
楽しければ結構なことだ。付き合わせることになるセラ嬢には、きちんと御礼をしないとなあ。
アルケット商会は長兄が継ぐらしいが、彼女は彼女で別の商売を立ち上げたいらしい。
くー子がよく外国の調味料を購入しているが、そういったものを主流に扱いたいのだとか。暖簾分けのような形で、新しい商会を作りたいという野心があるようなので、いざというときは我が家も支援しようと思っているところだ。




