11 ラルフレイルの恋愛事情①
次の日から、リリカ嬢からのお弁当はなくなった。
既製品が届けられているのかといえばそんなことはなく、差し入れ自体がなくなったそうだ。
ラルフには「助かったよ」と言われたが、よかったんだろうか。御礼としてなにかを渡すことを全否定したつもりはなかったんだが。
なにはともあれ、問題は解決だ。
怖がられたかと思っていたが、会えばあいさつをするぐらいの関係にはなった。
彼女は本当に温室には入り浸っているようで、おもに顔を合わすのはそこだ。
俺が温室へ行く頻度が増えた理由は、鍵の管理について教師に話をしたことがキッカケになっている。
なんでもあの鍵は秘密の鍵で、あれを見つけた者は温室の管理者たる資格を持つという伝統があるらしい。
自由に使ってくれと言われ、研究室を案内してくれた。かなりレアな魔術本なんかも置いてあるし、学術書も多い。普通に興味深く、図書棟の専門書よりマニアックでおもしろかった。
持ち出しは不可ということで、本を読むために入り浸り、リリカ嬢もまたやってくる。彼女の目的は温室で栽培されている希少植物の生育補助だ。
光属性の魔力で育てると異様に成長が早いことは、ラザフォード侯爵家の庭で実演されているので知ってはいたが、彼女の魔力はたしかに桁違いにすごいのだろう。定点カメラを倍速で流しているがごとく成長を遂げており、見ているのはたしかに興味深い。妹が言っていた『ユージーンさまはヒロインの光魔法に興味を持つ』というのは、あながち間違っていなかったかもしれない。
あれを有効活用できる道具が作れたらすごいのでは?
光魔法を照射することで早く成長させることができる培養装置。
薬草を早く育てることができれば、薬の増産が可能となる。流行病や感染症など、国内に蔓延したときに大勢の民に届けられるし、食料不足の改善にもつなげられる。
あとは、装置をどこまで大きくできるか、という問題だ。
現在リリカ嬢がおこなっているのは、鉢やプランターに光魔法を浴びせる実験だから、次は八畳ほどの広さであるこの研究室規模。
その次は温室全体を装置化。同室内で数種類の植物を同時に育成できるのか、その成長速度に差はあるのか。
同じ植物でのみ育成したほうがよいのなら、温室規模の培養工場を複数棟建てて運用。
動力となる魔力供給の方法も考えたほうがいい。
魔力は凝縮することでエネルギー密度も上昇するので、我がオルファン家で作成する魔道具には高密度の魔石を動力源として組み込んでいる。これらは電池を交換するような形式になっているんだが、工場レベルの装置に関しては俺は素人なので、もっと詳しいひとに相談しないとどうにも。
放課後の生徒会室。最近のリリカ嬢について話をしているうちに、そんな話になった俺に対して、ラルフは呆れたように言った。
「おまえって、本当に研究バカだよな」
「でも気になるだろう」
「魔術師っていうのは、魔力の質や構成に興味があるものだ。宮廷魔術師はそんなかんじだけど、おまえはちょっと性質が違うんだよな。その一風変わった考えのおかげで私は命を救われたのだから、歓迎はするけど」
「ゆーちゃんは、昔っから凝り性なのよねえ」
お茶を淹れながらのほほんと笑ったのはくー子である。
普段の凛とした『侯爵令嬢の見本』みたいな態度はなりをひそめ、いまの彼女は素の姿。幼少期から付き合いのあるラルフにとっても馴染み深いもので、差し入れの焼き菓子を摘まみながら答えを受けている。
「だが、クリス嬢はユージーンのそういうところがよいのだろう?」
「んー、どうかなあ」
「おい」
俺が憮然とした顔をすると、くー子は笑う。
「だって、考えはじめると、そればっかりになっちゃうでしょう? みんなが楽になるようにがんばるところがゆーちゃんのいいところだけど、ちょっとは自分のことも考えたほうがいいと思うんだよね」
「俺は俺のためにやってるのが大半だと思うけど」
「そうかなあ」
「そうだよ。培養装置だって、もしもこれが実用化できるのなら、俺はやっと公に、ユージーン・オルファンとしての実績を残せるだろ」
闇属性の暴走を抑える防具は、父の仕事として通っている。俺がラザフォード侯爵令嬢の隣に立つための箔として、あれを超える大きなものが必要なのだ。
「……わたしは、そういうの気にしてないし、うちのお父さまだって、たぶん気にしてないよ?」
「周囲の声を黙らせられるのなら、それに越したことはないだろ」
「この面倒ともいえる状況を作り出した張本人である私が言える立場ではないが、おまえたちは私にとって得難い友人だし、婚姻に関して問題が発生するようであれば、なんとかする。父も母も、おそらく同意見だ」
「いち貴族の婚姻に、王と王妃にくちを出させる度胸はねえよ。おまえは、自分の結婚相手をどうにかしろ」
「ラルフくん、まだ片想いしてるの?」
大きくため息をつくラルフ。こいつの想い人は他国の王女さまだったりする。名前はたしかフェリシダーテ。俺たちと同い年だ。
住んでいるのは、プリュイという小さな国で、なんともファンタジーなことに、王族は妖精の血を引いているらしい。
ローズメア王国とは違った精霊魔法というものを使うため、なんというか、魔力の互換性がない。
俺たちがあちらに行っても、うまく魔法が発動しない。向こうのひとがこちらに来ても同様だ。




