リリカとの出会い②
温室は鑑賞向きではないし、一般生徒は立ち入らないとは思うが、教師陣に確認しておいたほうがいいだろう。
そう思う俺をよそに、リリカ嬢は入室した。俺もあとに続いて中へ入る。
あまり広くはない部屋だった。
壁際には本棚と書き物用の机。部屋の中央付近には大きめの作業台があり、土だけが入った鉢が数個。透明なガラス製のシャーレやビーカーがあり、なんだか理科室のような雰囲気がある。
これはあれか。学校を舞台にしたゲームということで、研究施設というよりは、理科室のほうがプレイヤーにわかりやすいという、そういう配慮なのか。
卒業すると学校という場所に縁が遠くなるもので、なんだかなつかしい気持ちになってくるなあ。
郷愁感に襲われる俺に対し、リリカ嬢のほうは「いつもの場所ですがなにか」といった顔をして、俺を見た。
「ユージーンさま、協力は惜しみません。なんでも、言ってください。がんばる、から」
「……助力を頼んでいるつもりはないんだが。俺があなたに声をかけたのは――」
「奇跡の百合を咲かせるためですよね。わたし、ユージーンさまのリリーになれる、かな」
「リリー?」
「はい、なんでしょうか」
うん、意味がわからん。この子はなにを言っているんだ?
話がかみ合っていないというか、俺はまだなにも言っていないんだが、勝手に合点して話が進行している気がする。
奇跡の百合は知っている。
というか、知らない国民はいないぐらいに有名な名称だろう。
誰もが知っているけれど、誰もが実物を手にしたことがない、薄紅色の百合。
そもそも百合の花は王家の紋章に用いられている花で、どの貴族もそれを家紋とすることはできない。
かつて大陸全土を襲った奇病を救ったのが、この百合から作った薬だと言われていて、乱獲されて絶滅の危機に瀕してしまった。
現在は王家が所有する秘密の花園でひそかに栽培されているらしいが、実物は見たことがない。開花させるのが非常に困難なのだとか。
国としては、なんとか安定して育てられないか苦心しており、そういった意味でも光魔法に期待がかかっているのである。
くー子もこっそり王城で魔力を提供しているが、俺はその現場を見ていないのでどんなことをしているのかは不明。秘密らしい。
ま、そりゃそうだろう。
国家機密を無理に暴こうとは思わないので、成果が出たらいいな、ぐらいの気持ちである。
「百合の件ではなく、あなたへ言いたいのは、ラルフレイル殿下への差し入れの件だ」
「ラルフ殿下へのお弁当ですか?」
リリカ嬢はちょっと嬉しそうな声をあげた。「やった!」と呟く声が、かすかに耳へ届く。
いや、なにも喜ばしい展開はないぞ。むしろマイナス方面での忠告なんだが、このまま続けて大丈夫だろうか。
「あれは、その、御礼みたいなもの、なんです。学院生活に際して、王族の方には、お世話になっている、ので。それだけ、です」
「礼を尽くしたいというのならば、もっと別の手段を考えたほうがいい。彼は王太子だ。在学中は一般生徒と同様に扱われるとはいえ、くちに入れるものには気を配る必要がある。皆、そのあたりは配慮して、信用のおける店から購入したものを渡すようにしている。これは、なにか問題が発生したときを考えた手段。双方にとっても安心できる方法でもある」
どうしても渡したいなら、手作りじゃなくて、買ったやつにしろ。
購入先がわかるような状態にしてから渡せ。
もし毒の混入があったとすれば、店だって信用問題にかかわるから徹底的に調査をするから安心できる。
というようなことを、多少オブラートに包んで告げた。
高位貴族になにかを献上するのであれば、それが最低限のルール。後見人はそんなことも教えてないのかよ。
リリカ嬢は俯いていた。なにかを呟いているが、下を向いているせいかよく聞こえない。
泣いてない、よな? そこまでキツイことは言ってないと思うんだが、今世における俺は冷ややか寄りの顔つきなので、厳しいことを言って怒られた、みたいに思われかねない。
「わかり、ました。気を、つけます。ごめん、な、さい」
なんだろう。ものすごい罪悪感がある。
そして、彼女の物言いがとても気になる。
あの不自然ともいえる言葉の切り方は、なんなんだ。
ラルフと話をしているのを漏れ聞いたかぎりでは、明るい女子高生って雰囲気だった。
でも、今の彼女は、引っ込み思案でおとなしい女の子って印象がある。
いや、結局のところ、俺が怖くて話がしにくいってことかもしれんが。




